カクヨムで連載していた『異世界に行ったら背理法がなかった』がこのたび完結しました。
前作『QK部』を連載していたときから構想はあり、『QK部』が終わったすぐあとから書き始めました。
2024年2月に投稿を始め、約1年半後の2025年8月に完結。全30話でした。
そんな出自の作品なので、意図的に『QK部』とは色々と変えた、私の中では実験的な小説でもありました。
これまでにもTwitterやカクヨムのエッセイなどで実験内容を小出しにしていたのですが、完結記念ということで、ここでその成果をまとめたいと思います。
ネタバレしながらまとめるので、未読の方はぜひ上記リンクより作品をお読みください。
文庫本1冊程度の長さなので、1~2時間もあれば読み終わると思います。
ちなみに、『QK部』を書き終えたときにも、似た記事を書いています。こっちはめちゃ長いです。よければどうぞ。
作品のきっかけ
まずは、この作品ができた経緯を話そうと思います。
本作は、もともとカクヨムで開催されていた「KAC2021」という企画に投稿した作品です。これは、3日ごとにお題がひとつずつ出題されるので、それにあった4000文字以下の作品を書くという企画でした。
で、そこで出たお題のひとつが、「直観」。
こんなお題を出されたら「直観主義論理」について書くしかない!!
と思い、4000字で「直観主義論理が支配する異世界に転生する話」を書きました。
そしたら、この作品がTwitterで大バズり。主に数学系の人達の間で回し読みされる状態となりました。
当然ながら数学的なツッコミも入ったりしてちょっと怖かったんですが、私が書いた短編小説の中ではおそらく一番のバズりで、ちょっと調子に乗りました。
で、「人気が出たんだからこれを長編化したらもっと面白くなるんじゃないか」と思い、それ以降少しずつ構想を練っていました。
「短編版」は主人公が転移した理由も明かされず、偽魔王の正体を見破ったところで終わっています。つまり「長編版」の第1章部分だけで終わりとなっているのです。
ここだけを引き延ばして長編化してもよかったのですが、それでは面白くないので、要素を色々と付け加えて、話の続きを書くことにしました。
『QK部』とは正反対の作り方
先ほど述べた通り、『異世界に行ったら背理法がなかった』(以下「いせはい」)の構想は『QK部』の連載中に練っていました。
『QK部』の次の連載にしようとも決めていたので、せっかくなら『QK部』とは全く違う作り方をしようと決めました。
『QK部』では3人称視点だった
→「いせはい」は1人称視点にしよう
『QK部』では女の子主人公だった
→「いせはい」は男の子主人公にしよう
『QK部』ではどのキャラも主人公クラスの扱いをした
→「いせはい」は主人公とそれ以外を明確に分けよう
といった具合です。
また、『QK部』のときの反省点として、「風景描写がだらだら続いて読みにくい」「状況説明がだらだら続いて読みにくい」といった点があったので、「だらだら書かない」を意識しました。全体的にテンポよく話を進めたつもりだったのですが、どうでしょう?
そして、中でも特に変えたのは、以下の2点です。そしてこれが、私の「実験」でもありました。
『QK部』では、先にキャラを作ってから、ストーリーを考えた
→「いせはい」では、先にストーリーを作ってから、それにあうキャラを考えよう
『QK部』は長々と続けて、ラストもまだ続編が作れそうな終わり方をした
→「いせはい」は文庫本1冊程度の長さにして、ラストもきちっと終わらせよう
特に2番目は、かなり強く意識した変更点です。
私の書く作品は、わりと「まだ続けられそう」なところで終わることが多いです。尻切れトンボな感じだったり、物語の序盤だけで終わってる感じだったり。
私はここ最近、頻繁に新人賞に投稿しているのですが、ほとんど1次選考で落ちています。理由はわかりませんが、ひとつの仮説として、「物語がきちっと終わっていないからでは?」と思っています。
そこで、新人賞への練習の意味も含めて、「きちっと終わる物語」を書こうと思ったのです。
異世界転移もので「きちっと終わる物語」、しかも文庫本1冊程度の長さ。
その条件で書くなら、一番簡単なのは、「異世界に行って戻ってくる話」でしょう。
というわけで、「いせはい」は、
「主人公が背理法のない世界に行き、魔王を倒して戻ってくる話」
になりました。
ちなみに長さの方は、この記事執筆時点で98452文字でした(まだ見直しで変わる可能性がありますが)。
およそ10万文字。見事、ちょっと厚めの文庫本1冊程度の長さになりました!
キャラの作り方
このようにして作り始めた物語なので、上述したように、今回は先にストーリーがありました。
「短編版」が先にあったので序盤は既に決まっていましたが、次に決めたのはラストシーンでした。
「異世界から戻ってきた主人公が、あの異世界が本物だったと確信し涙する」
というシーンを先に決め、その状況が成り立つように間のストーリーを考えることにしたのです。
このためには、「主人公には元の世界に戻らなきゃいけない理由がある」「しかし、異世界にも愛着があり、離れがたく思っている」「最終的に、主人公は元の世界を選ぶ」という三段階が必要です。
これが成り立つようなストーリーとキャラクターを作る必要がありました。
立神楯太郎について
主人公、立神楯太郎のキャラクターは、このあたりからようやく考え始めました。
まず、主人公には「元の世界に戻る」という目標を立ててもらう必要があります(最近の異世界ものでは珍しい主人公ですね)。そのためには、主人公には戻らなきゃいけない理由が必要です。
そこで、主人公は部活の仲間や家族と別れたくないから戻りたい……という理由を立てました。
この理由がちゃんと成り立つために、楯太郎には「友達想いの良い奴」というキャラになってもらいましたが……果たしてちゃんと書けていたでしょうか。
「自分より頭の良い人間を書くのは難しい」とよく言いますが、個人的にはそこまで難しいとは思っていません。楯太郎もイリハも美法も、確実に私より頭が良いですし。
それよりも、「自分より倫理観のある人間」の方がよほど書くのが難しいと思っています。
そして楯太郎は、確実に私より倫理観があり、良い奴です。コミュ力もめちゃ高です。私なんて足元にも及びません。
結果、書くのがめちゃ大変なキャラでした。
ちょっと余談。
「いせはい」は先にストーリーをガチガチに決めてから書き始めた作品なので、基本的に「遊び」がほとんどありません。
『QK部』のときは、書いてる途中で思いついたネタを後先考えずに突っ込んだりしていたのですが、「いせはい」にはそのようなシーンは基本的になく、すべてのシーンがなんらかの伏線だったり意味を持っていたりします。
したがって、いわゆる「キャラが勝手に動く」ということもありませんでした。動きそうになったら私が全力で止めていたからです。
そんな中、唯一「キャラが勝手に動いた」シーンがあります。第3章の終盤で、楯太郎がモルダカを勇気づけたシーンです。
元の予定では、モルダカは失意の中で退場するだけの予定でした。しかしそのシーンを書いたとき、「果たして楯太郎だったら、ここでただ見ているだけだろうか?」と疑問に思ったのですね。
友達想いで、異世界でもすぐイリハや美法と仲良くなるような良い奴が、いじめっ子とはいえ失意にある人間をそのままにするだろうか……?
いや、ない。
ということで、あのシーンで楯太郎がモルダカに声をかけることになりました。自分も落選したばかりでショックを受けていただろうに、他人を気遣えるなんて、なかなかできることではないでしょう。彼は、それほどまでに良い奴なのです。
余談終わり。
楯太郎は「友達想いの良い奴」です。それだけで元の世界に帰りたがる理由としては十分だと思ったのですが、読者への説得力を増すためには、もう一押し必要な気がしました。
そこで考えたのが、「回想シーンで現実世界のシーンを挟む」という手法です。『葬送のフリーレン』から着想を得ました。
この物語は楯太郎が死んだシーンから始まるので、読者は現実世界での楯太郎や、その交友関係を知りません。なのに「帰りたい」と言われても、読者には共感できないわけです。
そこで、現実世界のシーンをちょくちょく挟むことで、「現実世界でも楽しそうなことやってたんだな」と読者に感じてもらおうという意図がありました。
ついでに、「賢一、孝、有梨の数学研究部の三人の個性を、短い回想シーンだけで読者に印象付けられるか」という実験もしていました。特にコメントとかでは何も言及されていないので、うまくいったかどうかわかりませんが……。「賢一が好き!」みたいなコメントがあれば成功したとわかるんですけどね。
有梨とのラブコメっぽいシーンとかもあった方がよかったですかね。「弁当をこっそり入れ替える」という、だいぶ好感度高くないとやらなさそうな悪戯はやってますが。
また、「異世界に行って帰ってくる物語」なので、行く前と帰ってきた後で、主人公になんらかの成長が欲しいところです。本当におまけ程度で良いので。(実際、私はこれを本当におまけと考えていました。話の本筋は魔王絡みのワクワクハラハラ感なので)
ということで、楯太郎は「数学が好きだけど、数学者になる決心はついていない」というキャラクターにしました。数学研究部の他の三人が優秀過ぎて自分に自信がない、という設定でした。
それが、異世界に行って帰ってきたことで、数学者になる決意をします。そして、そこで物語は終わります。いい感じに成長してくれたんじゃないでしょうか。
といっても自信がついたわけではなく、「離れ離れになった友人のため」というストレートではない理由ですが、まぁ友達想いの楯太郎らしい理由でしょう。
大鉾美法について
「偽魔王」ことザ・異世界転移もの主人公。
メスガキキャラにしようとしたのですが、あんまりうまくメスガキにならなかった感じがします。やっぱ「ざーこ」とか言わせるべきだったか。
男っぽい口調だったり、人を小馬鹿にするような態度だったりするのは、メスガキにしようとした名残であり、同時に、彼女が自分自身を守るために作った武器だったのでしょう。と、そんなことを考えながら書いていたキャラです。
特にモデルとしたキャラクターはいないのですが、書いている間ずっと頭にあったのは、ライトノベル『僕は友達が少ない』の三日月夜空です。たぶん見た目はそっくりだと思います。
「短編版」でも偽魔王をしていたので、こちらでも当然偽魔王をやってもらう必要がありました。そこで、
「神に『魔王を倒せ』と言われて異世界に連れてこられたのに、それをガン無視して自分が偽魔王にまでなるキャラ」
を設定する必要がありました。なんという無茶ブリ。
結果、「相手の言うことを全く聞かず、我が道をいくわがままな少女」というキャラに落ち着きました。
同時に、美法には「楯太郎にこの世界のことを説明する役割」も与えました。本来はイリハが担うべき役割のようにも思うのですが、なぜそうしたかというと、理由は二つ。
ひとつは、両方の世界を知っている人間の方が、違いを説明しやすいから。
もうひとつは、私が排中律や二重否定除去を一切使わずに世界の説明をさせるのは大変だと判断したからです。
日本語には、二重否定除去がよく使われます。そうです、「反語」です。
あの世界の人間は反語が使えないのです!!
「できないはずがない」とか「やらない理由はない」みたいな言葉が一切使えないのですね。その縛りの中で長台詞を喋らせるのは無理だなと判断して、美法に説明役をすべて引き受けてもらいました。
教育システムなどをイリハが説明するシーンでは、イリハの説明を省略して楯太郎に地の文で要約させています。あれも、私が大変だと判断したからです。
異世界を描くのって難しいね!
そしてまた、美法には、「ザ・異世界転移もの主人公」をやってもらいました。
チート能力を与えられ、ちょっとしたことをやるだけで現地人から褒めそやされます。楯太郎ではそういうことができないものの、どうせ異世界ものを書くならぜひそういうシーンを入れたいなぁ、と思ったため、美法にやってもらいました。
それがますます美法のメスガキっぷりを助長した気がしないでもないです。
美法は楯太郎とは逆に、異世界に残る決意をしたキャラクターです。そのため、美法には逆に「異世界に残りたい理由」または「元の世界に戻りたくない理由」が必要でした。
とはいえ、本作では「主人公とそれ以外を明確に分ける」とも決めていたため、あまり複雑な理由にはせず、「元の世界ではいじめられていたから」という理由にしました。「なろう系」と呼ばれる作品群ではよくある設定ですね。そういう意味でも、美法は「ザ・異世界転移もの主人公」でしょう。
それが理由で、イリハとちょっと喧嘩になっちゃったりもしましたね。しかし、あれがきっかけでイリハと仲良くなれたので、美法はますます元の世界に戻るメリットがなくなりました。美法が完全に元の世界を見切ったシーンでもあったでしょう。
正直、書いているときに「このまま美法が異世界に残るよりも、なんらかのきっかけで元の世界に希望を見出して二人で戻った方がいいのでは」という考えが何度もよぎりましたが……グッとこらえて、異世界に留まってもらいました。
もしこの作品のジャンルが「ヒューマンドラマ」であったなら、そうなったかもしれません。元の世界でうだつの上がらなかった美法が、異世界で一回り成長し、元の世界で頑張るための背骨を手に入れるストーリーも、それはそれで面白いと思います。
が、この作品の主人公は楯太郎。美法には、そのような成長ストーリーは少しだけ遠慮してもらいました。
それに、元の世界で頑張ることだけが成長ではないでしょうからね。置かれた場所で無理に咲く必要はないのです。自分が輝ける場所があるなら、人はそこで活躍すべきでしょう。
イリハ・アブサードについて
楯太郎が異世界で出会う「ヒロイン」枠。
まあ、残念ながら、楯太郎とそういう関係にはならなかったのですが。
構想を練っている段階では、イリハといい感じの仲になったりとか、イリハ・美法・楯太郎の三角関係ができたりとかも考えてはいたのですが、ストーリーが混迷しそうだったのでやめました。
イリハには、異世界ものあるあるに従い、多少過酷な状況に身を置いてもらいました。被差別部族の出であり、差別を打ち砕かんとするキャラクターです。
また、出会うのがイリハである物語上の必然性のために、魔王の子孫という設定にしました。でも正直あんまりうまく活きなかったかな……。反省点です。
イリハの一番重要な役割は、楯太郎と美法に、異世界人の感性を伝えてもらうことです。
背理法を理解できないことはもちろん、指でものを数えるときに八までしか数えられなかったり、「自分がここにいることの証明」に他者を必要としたり。
このイリハ(異世界人)の感性こそが、本作最大の見どころでもあります。
異世界ものは私もいくつか見たことがあるのですが、どうしても不満を感じる点がありました。
それは、「異世界なのに感性や価値観が現実世界とあまり変わらない」という点です。
現実世界でも、国や地域が違えば価値観はがらりと変わるものです。世界が違えば、もっと変わってしかるべきです。
実はこれは、SF作品などではごく普通に行われていることです。遠い未来、科学技術が発達した世界で、人々の価値観がその技術に引っ張られ、現在のものとは大きく異なっている様子が、SFではよく描かれています。
私はそれを、異世界ものでやろうとしたのです。
あの世界には背理法がありません。その理由は構成主義だからです。構成主義であり、排中律や二重否定除去が理解できない人たちは、果たしてどんな価値観を持つのか?
それを考えて、イリハのキャラクターは作られました。
「イリハの価値観が現実世界の価値観と違う」という点は、嬉しいことに結構評判が良かったです。コメントでも気に入ってくださった方がいましたし、私の友人も面白がってくれました。「実はSFではよくある手法で、それを異世界ものでやっただけなんですよ」と謙遜しておきましたが、内心はドヤってました。やってやったぜ、という気持ちでした。
作中では、イリハの成長のようなものは、特に描かれません。ただ、これまでにいくつもの苦労を乗り越えてきたことが説明されています。
言ってみれば、イリハは物語開始時点で成長しきっているのですね。数学者としてはこれから成長していくのでしょうが、人間的な部分はおそらく完成形です。楯太郎曰く「ぽやっとした見た目」ですが、中身は三人の中で一番しっかりとした大人のお姉さんなのです。
ちなみに、『QK部』では美少女ばかり登場して、ちょくちょくえっちな描写も入れていましたが、「いせはい」ではそういう描写は一切排除しました。
これは意図的で、エロなしでどこまで面白くできるか(魅力的にできるか)に挑戦していたからです。
なので、イリハの描写も、初対面時に「銀髪の美少女」と触れた程度で、以降はほとんどありませんでした。
……しかし今考えると、描写したからってえっちなわけじゃないので、描写ぐらいどんどんすればよかったですね。読者の中で、「イリハが銀髪」だと覚えている人はどれほどいるのか。
ちなみに挑戦の結果ですが、コメントなどを見る限り、みんな純粋にストーリーを楽しんで読んでくれていたようです。えっちなシーンがなくても読ませることはできるんですね。えっちなシーンがあればもっと読んでもらえたかな。
神について
本作のトリックスター、女神。
この女神は、私の好きな神様要素をごちゃっと混ぜて作ったキャラです。「のじゃロリ」で着物を着てて、一人称が「妾」なキャラですね。
重要キャラでありながら登場シーンは少ないので、その少ないシーンだけでなんとか読者に印象付けようと必死でした。
作中で書ききれなかった裏設定が多いキャラでもあります。せっかくなのでここでいくつか書いちゃいます。
まず「魔法」ですが、あれは神の好意によって人間に「使わせてあげてる」ものです。なので、神の嫌いな人間には魔法を使わせてあげないし、逆に大好きな人間なら、呪文なんてなくても使わせてあげます。
呪文が必要になるのも、「呪文を覚え、正確に唱えられる」=「それだけ神を信用している」と神が判断するからです。神が魔王オルセーアの「願い」を叶えようとしたのも、それだけ神が魔王を気に入っていたからですね。
本当は、呪文なんて必要ないわけです。神は、人間が願いさえすれば、それを叶えてあげることができます。でも、すべての人間の願いを叶えるのは大変だし、矛盾も生じるので、神は人間を「お気に入り度」でランキングして、ランクの高い人間の願いを優先的に叶えている、という設定なのでした。
(「魔法を使う」=「その魔法が実現されることを願う」と神は解釈している)
また、神にも制約があります。神は基本的にはなんでもできますが、人間が願わない限り、世界に干渉することができません。
そのために、何度も魔王を復活させることで、人類が「異世界からでもいいから、魔王を倒せる人を召喚したい」と願うように仕向けたのです。そうしてやっと、異世界から背理法を理解する人間を呼び寄せ、彼らにイリハを育ててもらい、魔王の望む世界を作らせることにしたのです。
……という設定だったのですが、作中でここまで詳しく描ききることができませんでした。まぁ、こういう細かいことは無理に描かず、読者の想像に任せた方がいいのかな、という気もします。
作中で美法が推理している通り、あの異世界とこっちの現実世界は、どちらもあの女神が作った世界です。先にあの異世界を作り、魔法という力を授けることで神を愛するように仕向けたものの、それに少し飽き、試しに神が一切干渉しない(=魔法がない)世界を作ってみた、という設定でした。
それでも神を愛してくれるだろうと期待していたら、思ったほどでもなかった……と落胆している設定です。未来をある程度予測できても、完全な予知はできないので、こういう失敗をときどきしています。
魔王について
本作の裏主人公、魔王オルセーア・アブサード。
自分の居場所をひたすら求め、最終的に報われた幸運な人です。
「いせはい」は、全体的に「居場所を求める」という主題で書かれています。それをメインテーマとしていたわけではないのですが、書き上がってから読み返すと、メインテーマかのように仕上がってますね。
作中で楯太郎が言及していた通り、楯太郎は元の世界という居場所を、美法は勉強ができる居場所を、イリハは差別されない居場所を、そして魔王は、背理法が通じる居場所を求めていました。
最初からこれをメインテーマとして、もっとしっかりとここに向けて構成した方が、ストーリーのまとまりが良かったかもしれません。
私はわりと、自分が書いている作品がどういう作品なのか、把握しないで書いていることが多いです(これは私が物書きとして未熟だからなのですが)。書き上がってから、ああこれはこういう話だったんだな、とようやく得心するのですが、今回もそれが起こりました。この作品は、居場所を求める人たちの話だったのですね。
ラストに向けて明かされる、魔王オルセーアの正体は、もちろん最初からすべて決まっていました。
ただ私は、文庫本1冊分の長さで「謎解き」をする話をいままで書いたことがなかったので、情報の出し方はかなり手探りでした。
このタイミング、この順番で情報を開示して、本当によいのか……とずっと悩みながら書いていました。
話の構成上、第4章に手がかりが集中してしまいましたが、もっと全体に分散させたかったなぁ、という気もしています。
あと、「未来予測はできるけど未来予知はできない」「未来を予測できるのは、知っているのと変わらない」という話は、ラストシーンで突然出てきてしまいました。
これ、もうちょっとなんとかならなかったかな、と思っています。
たとえば、モルダカがコンピュータを披露したとき、「これがあれば未来を計算できるようになる」とでも言えば、伏線として完璧だったはずです。
それをあの時点で思いつけなかったのは反省点です。
(実は結構悔しく思っているので、あとで書き直すかも)
そういえば、作中で説明できなかった謎に、「魔王がなぜ死刑を回避できたのか」があります。一応、設定では「神が助けたり、魔王が未来を予測したりしたから」となっています。作中の説明だけで推測できる……かな?
魔王は神を、人類史上最も愛していたため、あらゆる魔法を使うことができました。彼女がなぜそれほどまでに神を愛せたのか、についても、作中では明言していません。これも一応設定はあって、「両親の英才教育のたまもの」となっております。
ところで、作中でミスリードとして「魔王は異世界人」という推理が登場します。あれは、読者に魔王の正体に勘付かせないためのものだったのですが、かなり納得感があったみたいで、コメントで「絶対そうじゃん」とまで言われてしまいました。
結局、魔王は異世界人ではなかったわけですが、もしかしてこの真相、肩透かしを食らってしまったでしょうか? 異世界人だった方が面白かったかな……?
ちなみに、「魔王は異世界人」という話題は、そこから「では魔王はいつの人物なのか?」「美法の死亡日はいつなのか?」という話題に自然につなげるためのものでもありました。美法の死亡日は最終話で必要になるので、どこかでは出す必要があったのです。
だた、上述の通り「魔王は異世界人」という推理のインパクトが強かったようで……。もしかして読者が美法の死亡日を覚えられないのでは、と不安になりました。どうでしたか?
最初にストーリーを練っていた段階では、魔王は普通に倒される予定でした。楯太郎が討伐隊メンバーに選ばれ、魔法の仕組みを数学的に(背理法を使って)解明し、それを使って魔王を倒す……という展開を考えていたのです。
が、「魔法の仕組みを数学的に解明」の部分が難しすぎて諦めました。
そこで発想を変えて、「魔王を倒す必要がなくなる」という展開に決めました。そこで、「そもそも魔王はなぜ人類を滅ぼそうとしたのか?」という点に対し、作品テーマである背理法をうまく絡めることにしたのです。
結果、「背理法の仮定が結論だと勘違いされたから」という真相に至りましたが……さて、これ、読者の皆さんは納得したんでしょうか。
この真相も最初から決めていたので、読者が納得できるよう、最初から(イリハと出会ったシーンから)伏線を張り続けていたのですが……うまくいったかどうかは、正直よくわかりません。うまくいっていてくれ、と願うばかりです。
モルダカについて
イリハの本を盗んだり、イリハに対抗意識を燃やしていたりしていた少年。
「短編版」では、イリハの本を盗むのは美法の役割でした。それをモルダカに変更したのは、いわゆるヘイト管理のためです。
美法はこの作品の重要人物ですから、読者のヘイトを集めるわけにはいきません。もし美法にヘイトが集まっていたら、最終話で楯太郎が泣く説得力がありませんから。
そこで、ヘイトを集めるためだけに作ったのがモルダカです。ごめんね、モルダカ。
とはいえ、どうして彼がそんなにイリハを目の敵にするのか、その理由が必要だなと思い、モルダカの両親も数学者にしました。
結果的に、それが原因で楯太郎がモルダカに同情してしまい、予定外の行動を取ることになりましたが。
また、ヘイトを集めるつもりで作ったキャラだったので、モルダカが失敗してもさほど悲しまれないと思っていたのですが、コメントを見る限り、わりと読者には同情されていました。案外人気キャラに育ったのかもしれませんね。
ちなみに、「モルダカ・ジェロノ」という名前は、ジェロラモ・カルダーノをもじったものです。
作中人物の何人かは、数学者の名前から取っています。国王の本名は「オレン・ハトル」でしたが、これはレオンハルト・オイラーから。魔王が結成した組織「センメルヌス」はマラン・メルセンヌから。数学史家のトドルトさんは、15世紀にユークリッドの『原論』を初めて印刷したエルハード・ラートドルトから取っています。
実験結果
さて、『異世界に行ったら背理法がなかった』は、私の中では実験作でした。
キャラより先にストーリーを作り、きちっと終わらせる。
結果、どうだったかというと……。
後者に関しては、きちっと終わらせることができたと思います。全員の願いが成就し、主人公は元の世界で生きる活力を見出していますから。この続きを書けと言われても、私には無理です(美法が会いに来るシーンくらいは書けるかもしれませんが、明らかに蛇足でしょう)。
問題は前者です。
キャラよりストーリーを先に作った結果、めちゃくちゃ書きやすいけど、書いててあんま楽しくないということがわかりました。
『QK部』のときは、毎回かなり苦しみながら書いていました。「このときこの子ならどう考えてどう行動するか……」と毎回悩みながら書いていたからです。そして多くの場合、事前に考えていた展開とは違う展開になり、軌道修正するのに四苦八苦していました。
『異世界に行ったら背理法がなかった』ではそのようなことは一切なく、書き始めたらするすると一話書き上がりました。いつどのタイミングでどう展開するかが、すべて決まっていたからです。それに沿って書けばいいだけだったので、簡単でした。
しかし、あんま楽しくなかったです。
自分でも意外な発見だったのですが、どうやら私は、キャラを描くのが好きなようです。「いせはい」はストーリーを重視し、キャラはおろそかにしていました。おそらく、それが良くなかったのだと思います。
『QK部』のときは先にキャラを決めて、とにかくそのキャラを描くことを第一に考えていました。なので、予定になかった展開が何度も生じていたのですが、それはそれで楽しかったわけです。
しかし「いせはい」ではそのようなことは一切なく、キャラクターはストーリーを進めるための駒に過ぎませんでした。予定外の展開は、楯太郎がモルダカの背中を押すシーンだけです。
キャラへの愛着も、なかなか湧きませんでした。『QK部』のときは書く前から私の中の好感度がMAXだったのですが、「いせはい」はそうでもありませんでした。愛着が湧いてきたのは、4章に入って終わりが見えてきた頃からかなぁ。
本当に、自分でも意外だったのですが、私はキャラに愛着を持って、そのキャラの行動を考えて書くのが大好きなようです。
思い返してみれば、私は小さい頃、人形遊びが好きでした。いま小説を書いているのも、その延長と言って差し支えありません。
まず人形ありき。触れて、思い入れのあるキャラがまずいて、その子達がどう動くかを考えてお話を作るのが好きなのです。
「いせはい」はそれとは全く逆の作り方をしたので、書いていてなんかしっくり来なかったのだと思います。
今までは短編ばかり書いていたので、このことに気付いていませんでした。いえ、短編だとしても、それなりにキャラ設定を考えて書いていたのかもしれません。たとえオチメインの短編だとしても、そこに至るまでのキャラ造形は必要ですからね。
今回は意図的にそれを逆転させたので、違和感がバリバリだったのだと思います。
次回作
『QK部』のまとめ記事で次回作について触れたので、ここでも触れておこうかと思います。
上の記事では、「次回作」の項目でちゃんと『異世界に行ったら背理法がなかった』を挙げています。有言実行。
前回は「次回作が決まっていない」と書いていますが、今回はふわっと決まっています。
ただ、それを書けるのはまだだいぶ先かな……。設定だけで、ストーリーがまだ全然できていないので。あと、キャラも作り込まなきゃですからね。
ヒントを出すと、今度は数学から範囲を広げて、理系ネタをやります。そして、バトル物です。理系×バトル物をやる予定です。初めは数学だけの予定でしたが、数学以外のネタも含めた方が面白そうだなと考えて方向転換しました。
数学×部活もので『QK部』が生まれ、数学×異世界もので『異世界に行ったら背理法がなかった』が生まれました。では、理系×バトル物になったら……?
どうぞお楽しみに!
現在は、新人賞に送るための小説を書いています。実は先日にも1本送ったばかりだったりします。受賞すればいいな。
いま書いているのは8月末が締め切りなので、次回作は少なくともそれ以降の着手となります。なのでカクヨムに投稿できるのは……いつになるやら。
その連載作品以外にも、不定期に短編を投稿すると思います。
そちらもどうぞお楽しみに。
終わりに
ということで、この記事を投稿したら『異世界に行ったら背理法がなかった』が本当の完結を迎えます。
この記事執筆時点ではまだ最終話を投稿していないため、私の中ではまだ続いているお話ですが……読者の皆さんにとっては、これで本当におしまいです。
私が初めてちゃんと書いた異世界もの、楽しんで頂けたでしょうか。
数学的にはちょっとツッコミどころのある作品だったかもしれませんが……。
(直観主義論理について多少は調べましたが、理解しきれていない部分もありますので……)
また本作は、終盤で突如バズった作品でもあります。元々短編がバズったことで書き始めた作品ではあるのですが、思ったよりも伸び悩んでいたところ、突然バズりました。
まぁその理由は、たまたま理系ネタのTweetがバズり、そこにこの作品の宣伝をぶら下げたからなのですが。
中身で話題になって欲しかったですが、まぁ、宣伝も大事ですよね。
ちなみに、本作で『QK部』から変更した箇所はもうひとつあって、「積極的に宣伝する」があります。
私が開催しているイベント内で宣伝したり、投稿するたびにTweetしたり、バズったTweetにぶら下げたり……。そういうことを繰り返したら数学ネタでもバズるのか、という実験もしていました。
結果、本当にバズりましたね。やっぱり宣伝は大事だという発見がありました。
あまり楽しくなかった、などと上では書きましたが、新しいことに挑戦しっぱなしの作品だったので、そういう意味では楽しい作品でした。同じことを繰り返すよりも、たまに新しいことをやった方が楽しいですからね。
本作は「テンポよく!」を意識して書いた小説ですが、読み返してみると、『QK部』よりも文章が読みやすい気がします。テンポよく書くことを意識すると、文章力も上がるのかもしれません。
こんな風に、私にとって色々な発見のある作品でした。
私を物書きとして成長させてくれた、楯太郎、美法、イリハ。そして神とオルセーアとモルダカ。どうもありがとう。
そして本作を最後まで読んでくださった読者の皆様、どうもありがとうございました!