色々

色々書きます

2の3乗根の作図について

この記事は、日曜数学 Advent Calendar 2023の6日目の記事です。

5日目はTaichi Aokiさんの「平面上の凸な領域を3本の直線で面積7等分できない(後編)」でした。

 

2023年10月28日開催の第28回日曜数学会にて、「倍積問題」について発表をしました。

この発表はたった5分でしたので、かなり要点を絞って説明しました。そのため、こぼれ落ちた周辺情報が色々あります。本記事では、それらを紹介したいと思います。

 

 

倍積問題とは

倍積問題とは、次のような問題です。

与えられた立方体の、倍の体積を持つ立方体を作図せよ。

倍の体積を持つ立方体を作図するためには、そのような立方体の一辺を作図する必要があります。最初の立方体の体積を1とすれば、作図したい立方体の体積は2で、一辺の長さは2の3乗根になります。

つまりこの問題は、「1の長さ(立方体の一辺)が与えられたとき、一辺が2の3乗根の立方体を作図せよ」と言い換えられます。

 

この問題が出題されたのは、今から2300年以上も昔、古代ギリシャと呼ばれる時代です。今回の主人公であるエラトステネスも、その時代の人物でした。

なぜこんな問題が出されたのでしょうか。エラトステネス自身の説明によれば、グラウコスという人物の墓(神殿)がそのきっかけだそうです。グラウコスとはクレタ島の王ミーノースの子ですが、その墓はどの方向にも100フィートしかありませんでした*1。ミーノースはそれが不満で、「偉大な人物の墓がなんと小さいことか。二倍の大きさにすべきだ」と命じました。

さて、問題は二倍にする方法です。上記のエピソードを伝えたある詩人は、「各辺を二倍にすべきである」と綴りました。エラトステネスはこの言葉を引用し、「彼は間違っている。一辺を二倍しにしたら、体積は八倍になってしまう」と述べています。

そしてここから、エラトステネスは体積を二倍にする方法を説明していきます。

 

エラトステネスは誰に向けて説明したのか

先ほどから、「エラトステネス自身の説明」とか「引用した」とか書いていますが、私は何を見てこんなことを書いているのでしょうか。

エラトステネスは古代ギリシャの当時から、既に優秀な科学者・数学者として、名を馳せていました。当時世界最大の図書館だったアレキサンドリア図書館の館長を務め、国王プトレマイオス1世との交流もありました。

そして、そのプトレマイオス1世に向けた手紙の中で、倍積問題の解法を示しているのです。上記の説明は、その手紙に書かれた内容です。

なぜ国王に向けてそんな手紙を……と疑問に思わないでもないですが、プトレマイオス1世は学術に関心があった王様です。古代ギリシャ中から哲学者を集め、学堂ムセイオンを作った人物でもあります。そもそも、前述のアレキサンドリア図書館を作ったのもプトレマイオス1世です。そのような人物でしたから、この手の話には興味があったのでしょう。

そんなプトレマイオス1世に向けた手紙の中で、エラトステネスは、独自に開発した倍積問題の解法を説明しました。

(訂正)ここの説明ですが、私がプトレマイオス1世~3世の三人を混同していたようで、3人の功績がごちゃ混ぜになっております。エラトステネスがこの手紙を送ったのはプトレマイオス3世で、アレキサンドリア図書館を計画したのはプトレマイオス1世、実際に計画を実行したのはプトレマイオス2世(1世が実行したとの説もある)のようです。

 

エラトスネテスの解法

エラトステネスの解法については私の発表で説明していますが、改めてここでも説明します。もう理解しているという方は、次の章まで飛ばしてください。

エラトステネスは、次のような道具を作ることで2の3乗根を作図できると説明しました。

AB//CDとし、それらを対辺とする長方形ABCDを描きます。また、ABCDに合同な四角形EFGH、IJKLも、ΑBとCDを対辺とするように描きます。そして、それぞれの対角線AC、EG、IKを描きます。

AD間の距離を2とし、KJの中点をMとします。つまり、KM=1とします。そして、直線AMと直線CDの交点をNとします。

これらの四角形を移動させ、部分的に重ねます。そして、辺BCと対角線EGの交点をO、辺FGと対角線IKの交点をPとします。

ここからがポイントです。これらの長方形を少しずつ移動させて、二点O、Pが直線ANにちょうど重なる場所を探しましょう。

重なりました。

このとき、線分PGの長さが2の3乗根になる、というのがエラトステネスの説明です。
(2の3乗根は1.2599...なので、正しそうですね)

証明は三角形の相似を利用します。

三角形ADNと三角形OCNが相似であることから、AD:OC = AN:ONが言えます。

ところで、三つの長方形は全て合同で、しかも同じ平行線の間にありますから、対角線は全て平行です。したがって、三角形ACNと三角形OGNもまた相似になります。

したがって、AN:ON = AC:OG = CN:GN が言えます。

さらに、三角形OCNと三角形PGNも相似なので、CN:GN = OC:PG = ON:PN も言えます。

以下同様に、三角形OGNと三角形PKNが相似であることから、ON:PN = GN:KN であることが言えて……

三角形PGNと三角形MKNが相似であることから、GN:KN = PG:MK が言えます。

以上から、結局、次の連比が得られます。

 AD:OC = AN:ON = CN:GN = OC:PG = ON:PN = GN:KN = PG:MK

ここから不要な箇所を除くと、次の式になります。

 AD:OC = OC:PG = PG:MK

ここで、AD=2, MK=1 でしたから、この式は最終的に、

 2:OC = OC:PG = PG:1

となります。

 

ここで補題が登場します。エラトステネス以前に、キオスのヒポクラテスという人物*2が、次のように述べました。

もし、大きい方が小さい方の二倍の直線があり、それらの比例中項が見出されるならば、立方体は倍にされ得る。

当時はまだ、図形の問題を数式で考えることができなかったため、図形の問題である倍積問題を別の図形の問題に還元することしかできませんでした。そのため、ヒポクラテスは難しい倍積問題を、それよりはまだ簡単な直線の連比の問題に変えたのでした。直線同士の問題であれば作図できそうなので、当時の人たちにとってはこちらの方が簡単に見えたのでしょう。

ヒポクラテスが述べたことは、数式で書けば次の通りです。

2:x = x:y = y:1のとき、yは2の3乗根である。

これが正しいことは、現代の知識で解いてみれば明らかです。

 

さて、エラトステネスは次の関係を導いたのでした。

 2:OC = OC:PG = PG:1

これは、ヒポクラテスの述べた式と全く同じですね?

したがって、PGは2の3乗根だと言えるのです。Q.E.D.

 

エラトステネスのプレゼン

こうしてプトレマイオスに自分の解法を説明したエラトステネスですが、彼はさらに、自身の方法がいかに優れているかをプレゼンします。

倍積問題は当時の多くの数学者たちの興味を惹きつけたらしく、様々な解法が提案されています。

アルキュタスという人物は、円錐や円柱を使った3次元の作図によって求めました。メナイクモスは放物線を使った方法を示しました。高校数学で名前を聞くアポロニウスやヘロンも、倍積問題に解法を示しています。

ところがエラトステネスは、彼らの解法に対し、難解で、しかも実用に不向きであることを指摘しました。アルキュタスやメナイクモスなどの解法には、なんと名指しで批判した上で、プトレマイオスへ「お使いになりませんように」と諫言しています。

当時の人々にとって、倍積問題は実用上の問題でもありました。エラトステネスは、これが解ければ液体を入れる容器の容積を倍にできるし、砲台の威力を引き上げることもできると言うのです(どうやら砲台のあらゆる部品を2倍にできるからだと言いたいようです)。したがって、理論上作図できるだけでなく、実際に簡単に作図できる必要があったのです。

エラトステネスはそのように述べた後、自分の方法であれば、実際に作図することが可能だと述べました。そして事実、上記の作図を達成する道具を作り(真ん中の長方形が固定されていて、左右の長方形がスライドする道具を作ったようです)、それをプトレマイオスに献上しました。

 

さらにエラトステネスは、同じ原理で、2の4乗根も5乗根も作図できると述べています。

実際、長方形を三枚から四枚に増やすことで、4乗根を作図できます。

こんな風に、四枚目の長方形を追加すれば……

このようにして、2の4乗根を作図することができます。証明は全く同様です。

ここからさらに五枚に増やせば5乗根、六枚に増やせば6乗根になります。ついでに言うと、(これはエラトステネスは述べていませんが)長方形の縦の長さを3にすれば3の3乗根、4にすれば4の3乗根を得ることもできます。

全く同じ原理を繰り返し使うことで、いくらでも好きなだけ比例中項を見出せるこの方法は、他の学者たちのいかなる方法よりも優れている、とエラトステネスはプレゼンしたのでした。

 

参考文献

・Leventhal M, 2017, "Eratosthenes' Letter to Ptolemy: The Literary Mechanics of Empire" <https://www.repository.cam.ac.uk/handle/1810/262736>

・Ivor Thomas(Translated), 1939, "Greek Mathematical Works, Volume I: Thales to Euclid", Harvard University Press <https://www.loebclassics.com/view/LCL335/1939/volume.xml> 第IX章

・平田寛 訳、1998、『復刻版 ギリシア数学史』、共立出版 <https://www.kyoritsu-pub.co.jp/book/b10010796.html>

 

謝辞

上記参考文献を見て、「ずいぶんマニアックなものを読んでるんだな」と思われたかもしれませんが、これらの文献は私が自力で見つけたわけでも、自力で読んだわけでもありません。

古代ヨーロッパの文献について研究されている大学院生のA.K.氏とM.Y.氏が、古代ギリシャ数学の文献を読んでいると聞き、その勉強会に参加させてもらって読みました。このような貴重な機会をくださった両氏に感謝いたします。

 

*1:古代ギリシャでフィートという単位が使われていたわけではありませんが、「何歩分の長さ」あるいは「足何個分の長さ」という単位は使われていたようです。エラトステネス自身はこの箇所をἑκατόμπεδος(ヘカトンペドス)と書いており、これは直訳すると「100歩分の長さ」です。人間の足の大きさはどの時代でもだいたい同じでしょうから、おそらくだいたい100フィートくらいだったのでしょう。

*2:ヒポクラテス」で検索すると「ヒポクラテスの誓い」で有名な医師がヒットしますが、それとは別人です。「ヒポクラテスの定理」で有名な方のヒポクラテスです。