色々

色々書きます

日曜数学会10周年!

この記事は、日曜数学 Advent Calendar 2025 の24日目の記事です。

 

「皆さん今までどこにいたんですか?」
と私が思ってから、10年が経ちました。

 

2015年4月、ニコニコ超会議2015にて開かれた「第8回ニコニコ学会βシンポジウム」にて、私は「数学セッション」の座長を務めていました。
しかし、数学のイベントなんて人が来るのだろうかと不安でした。何しろ私自身、数学が好きな人なんて、数えるほどしか出会ったことがなかったからです。

ところがいざ蓋を開けてみると、20~30人分の席は満席。立ち見まで出ることに。

そのとき私は愕然としたのです――世の中にはこんなにたくさんの数学好きがいたのか! あなた方は、いったい今までどこにいたのですか!? ……と。

 

もちろん、これ以前にも数学好きの人たちと交流はありました*1。しかしその数はごく少数。世の中に数学好きなんていないと思っていたのです。ところが、それを圧倒的な「数」として見せつけられ、あまりにも驚愕したのです。

そうして私は、(前日にtsujimotterさんと話していた)数学イベントの開催を何が何でも実現しようと決意しました。

これが、日曜数学会が本当に誕生した瞬間だったかもしれません。

 

それから約2か月後の2015年6月20日(土)、新宿のベースポイントというカフェにて、第1回日曜数学会が開催されました。

 

それから10年。2025年の今年、日曜数学会は10周年を迎えました。

また、同胞として長らく互いに切磋琢磨してきた数学カフェさんも同じく10周年を迎えました。

それを記念し、今年は数学カフェさんとのコラボイベントなど、例年にないことをいくつもやりましたので、この記事で振り返りたいと思います。

 

 

1月4日(土) 第31.4回日曜数学会

最初にやったイベントは、1月4日の第31.4回日曜数学会。円周率の約10倍の回ですね!
日曜数学会と数学カフェさんのコラボイベントとして開催しました。

この会はいつもの日曜数学会の番外編として、スタッフだけが出演し、その様子をニコ生で配信しました。

参加したのは、日曜数学会からは私キグロと、tsujimotter氏、ちば氏の3名。
数学カフェさんからは、数学カフェ理事の根上春氏とみよしじゅんいち氏の2名。

この5人による座談会や、数学系の本のビブリオバトルを開催しました。

ちなみに、ビブリオバトルのチャンプ本に選ばれたのは、tsujimotter氏の発表した『四色問題』(ロビン・ウィルソン著)でした。

 

2月16日(日) 第32回日曜数学会

日曜数学会の本会は年3回実施していますが、その1回目が満を持して開催……と言ったかったのですが、実は主催たる私キグロがこの1週間ほど前にコロナにかかってしまい、あわや中止の危機となってしまいました。
(忌まわしいことに、これが私の初のコロナ発症でした)

ただ、ちば氏は現地に行けること、私もオンラインなら参加可能なことから、やるだけやってみよう、ということになりました。

まさかの、初の遠隔開催です。

現地でのセッティングなどは、ちば氏のほか、常連さん達にもご協力頂きました。特にPC操作に関しては清水団氏に格別のご協力を頂きました。この場で改めてお礼申し上げます。


オープニングスライドに載せた文章
本当になんとか運営できました。皆様のご協力感謝いたします。

 

3月14日(金) 3分14秒プレゼン大会

3月14日、すなわち円周率の日に開催したのが、3.14にかこつけたイベントでした。

これは、「その場でスライドを作り、3分14秒で発表する」というエクストリームプレゼン大会です。オンラインでやるので、「その場」というのはイベントの開催時間中という意味で、このときは1時間でした(事前に作っておくのもOKとしていました)。*2

事前にお題を出しており、「π」または「10」に関する発表に限定しました。

例えば私は「ユークリッド『原論』の第10巻はやたら長い」という発表を、tsujimotter氏は「ヒルベルトの第10問題」についての発表を行いました。

発表の様子はもちろん、スライド作成の様子もニコ生で配信しており、9名の参加者がわいわい雑談しながらスライドを作る様子が流れていました。

 

3月22日(土) 数学カフェ10周年記念講演

こちらは日曜数学会のイベントではありませんが、同胞たる数学カフェさんが開催した10周年記念のイベントです。数学カフェさんに古くから関わっている方々が、ここ10年の数学(自身の専門分野)の発展について、ご自身の研究と絡めて講演してくださいました。

mathcafe.net

私は登壇しませんでしたが、一参加者としてお話を聞きに行きました。トポロジーの専門家と整数論の専門家の二名が、とても熱く数学の発展について語っておられました!

 

6月20日(金) 日曜数学会10周年記念日!

この日は何もイベントはやりませんでしたが、この日、ついに、日曜数学会が10周年を迎えました。

ツイートすら忘れる始末でしたが、記念すべき大切な日でした。せっかくなので何かやりたかったですが、平日でしたからねぇ……。

 

6月28日(土), 29日(日) 第33回日曜数学会 in 北海道

そして、10周年に近い土日に、第33回日曜数学会を開催しました。

それもなんと、札幌で!!

 

なぜ札幌かといえば、スタッフのtsujimotter氏が現在札幌在住だからですね。
またtsujimotter氏はこれまでにも不定期に「日曜数学会in札幌」を開催しております(これは本場の日曜数学会とは無関係のイベントとして開催しています)。そういう意味で、日曜数学会は札幌とは縁があり、「せっかくなら」と札幌で開催したのでした。

 

会は2日にかけて行われ、1日目はレクリエーション+日曜数学会、2日目は札幌市内散策でした。

 

1日目のレクリエーションは、いくつかのチームに分かれ、ナップザック問題を実際にやってみるゲームなどを遊びました。

また、午後からの日曜数学会は、10名の方に発表していただきました。

特に、私の発表は、日曜数学会の10年間で起きた大きな出来事を5分でまとめているので、この10年に起きたことを知りたい方は是非ご覧ください。

日曜数学会10周年記念LT @第33回日曜数学会 - ニコニコ動画

一番言いたかったのは、最後の「お仕事ください」です。数学系の記事の執筆やイベントへの出演等、ご依頼待ってます。

 

2日目は、希望者で集まって札幌市内の散策をしました。

札幌といえば碁盤の目のようになっている道路網。しかもそれぞれの道路には番号が振ってあるため、札幌の市街は座標平面のようになっています。

そしてどうやら、市もそのことは意識しているらしく(?)、原点には巨大な0のオブジェクトもあります。

さらに、このすぐ隣にはさっぽろテレビ塔が、まるでz軸のようにそびえています。そこを上って、札幌の市街を概観してから、散策を行いました。

散策の様子は配信などしていませんが、行った場所はおおよそ下記の動画の通りです。

2日目企画の紹介 @第33回日曜数学会 - ニコニコ動画

なおこの第33回日曜数学会は、合同会社カスターリエン様のご寄付をいただき開催いたしました。こちらの発表をされている方の会社です!

グラスビーズ @第33回日曜数学会 - ニコニコ動画

 

10月11日(土) 第34回日曜数学会 in おきなわ数学まつり

第33回日曜数学会は札幌で開催しましたが、第34回は沖縄で開催しました!

それも、「おきなわ数学まつり」という大きなイベントを開催し、そのうちの一企画としての開催といたしました。

おきなわ数学まつり 2025
 

日時:10月11日(土)10:00〜18:00
場所:琉球大学 理系複合棟・オンライン
参加費:無料

沖縄の数学を盛り上げよう!
沖縄から世界へ。仲間と出会い、楽しみながら学ぶ一日。沖縄で数学・工学に関わる人達が集います!

趣味の数学について話す交流会、航空宇宙・ロボコン、プログラミング活動の紹介や、ボードゲームコーナーもあります。


沖縄県外からの参加も大歓迎!

会場では飲み物やお菓子、軽食も用意していますので、リラックスしながら自由に交流してください。

ぜひご家族や友人とお気軽にご参加ください!(当日の飛び入り参加も大歓迎です!)

https://x.com/mathcafe_japan/status/1965399853326057480?s=20

数学カフェさんだけでなく、沖縄で活動しているCoderDojoさん*3や、沖縄高専の生徒さん、琉球大学やOISTの学生さんなどにご協力頂き、大々的なイベントとして開催いたしました。また、同日に大阪で開催された「すうがく徒のつどい」さんともコラボし、オンラインで両会場を繋ぎました。

どうして沖縄かといえば、数学カフェさんが沖縄や熊本などでの活動もされているからです。数学カフェさんの活動実績により、上述のように、沖縄の方々のご協力を得ることができました。長年の実績の積み重ねって、強力ですね!

 

おきなわ数学まつりでは、日曜数学会のほか、数学系同人誌即売会やオリジナルパズルコーナー、ロボコンで実際に戦ったロボットの操縦体験などを開催しました。

開催場所は、琉球大学 千原(せんばる)キャンパス内の理系複合棟。大講堂一室と、玄関ホール、小教室二つを借りて開催いたしました。

当日の様子は以下の通り。

 

最初に開催した「交流会」では、中高高専大学生の方々がそれぞれの活動を発表後、席を移動しつつ交流しました。数学カフェ主催の根上さんの采配により、普段会うことのない方々同士でも盛り上がっておりました。

当日は終始バタバタしており、あまり記憶が残っていないのですが、私が持っていった同人誌「数学デイズ」が数冊売れたことは覚えております。

 

20年目に向けて

さて、日曜数学会は11年目に入り、次の10年が始まります。

元々は、私が「数学好きの人と数学の話がしたい!」という想いだけで始めたイベントでした。しかし、気がつけば多くの人を巻き込みながら、大きなイベントに育ってしまったようです。

このままいつまで続けるか、現時点ではわかりません。ただ、辞めるつもりも現時点ではまだありません。

とはいえ、いつかは終わるのでしょう。私やスタッフの方々の生活も、10年前とはすっかり変わってしまいました。いつまでも続ける余裕があるかどうかは、誰にもわかりません。

 

ではどうするのか。誰かに跡を継がせるのか。それとも無くしてしまうのか。

 

私の中には、次の10年に向けた夢があります。

 

それは、日本全国で、私とは独立に、多発的に、日曜数学会ライクなイベントが誕生することです!

 

私は以前から、「誰でも日曜数学会を真似して、似たようなイベントを開催してよい」と公言しています。それは、そのようになってほしいからです。

数学が好きで、数学の話をしたいと思っている方は、日本全国に無数に存在するはずです。でも私の力では、年に数回、東京近郊で開催するのが関の山です(今年は頑張りましたが!)。

「数学の話をしたい!」と燻っている方々はまだまだたくさんいるはずで、しかし私の力ではその想いはどうしようもないのです。

そこで、独立多発的な日曜数学会ライクです。

全国各地、津々浦々で、そこに住む方々が勝手に日曜数学会を開催し、その地域の日曜数学者たちを集めてしまうのです!

開催する人が違えば、会の雰囲気もまた違ったものになるでしょう。それぞれに特色の違うイベントができて、独自の発展をし、色んなイベントが生まれてくれることが期待できます。

やがてこの活動が広まれば、「数学を趣味とする」ということが、ごく普通のこととなるに違いありません。

私が望んでいるのは、そのような状態です。

 

……が、そのためにどうしたらよいのかは、全くわかりません。

一応、日曜数学会を開催するためのマニュアルは公開しておりますが……。

日曜数学会の作り方(黄黒真直) - カクヨム

 

2035年に向けて、これからは、人が真似したくなるイベント作りをやっていきたいと思います。

 

ちなみに、すでにいくつかそのようなイベントは誕生しています。

まず、日曜数学会スタッフのtsujimotter氏が、日曜数学会in札幌というイベントを(今回の10周年記念のイベントではなく)不定期に開催しています。また、大阪でも「関西日曜数学 友の会」というイベントが何回か行われました。

さらに、私が「数学デー」というイベントも新たに始めたところ、こちらを真似して、大阪、札幌、名古屋、旭川、横浜などで、私とは独立に「数学デー」を始める方々が現れました。
いずれも不定期開催ですが、私の夢へと近づいている雰囲気を感じます。

この流れを全国に広めるためには、どうしたらよいでしょう……? アイディアはいつでも募集しております。

 

2026年1月24日(土) 第35回日曜数学会

第35回日曜数学会は、2026年1月24日(土)に開催予定です。場所はまだ決まっていませんが、東京都内の予定です。

次の10年へ歩み始めた日曜数学会へ、ぜひ遊びにきてください。

 

*1:高校や大学の友人のほか、ニコニコ動画で数学動画を投稿している方々との交流がありました。

*2:このイベントは、以前にも日曜数学会とは無関係に、「3分数学プレゼン会」として2回だけ開催していました。
さらに言うと、このイベント形式は私が考案したものではなく、二世(@m_2sei)氏が以前開催していたのを見て、「同じことを数学限定でやろう」と思い私が真似したものになります。

*3:プログラミング教育の活動を全国でされています。https://coderdojo.jp/

井上真偽『引きこもり姉ちゃんのアルゴリズム推理』紹介

この記事は、日曜数学 Advent Calendar 2025 の10日目の記事です。

 

今年読んだ本の中で、数学系の面白い小説があったので紹介したい。

タイトルは『引きこもり姉ちゃんのアルゴリズム推理』。著者は井上真偽だ。

ナゾノベル 引きこもり姉ちゃんのアルゴリズム推理の電子書籍 - honto電子書籍ストア

 

児童文学として子供向けに書かれているが、内容はちゃんとしたミステリー。それもなんと、数学ミステリーである。

内容は、ずばりタイトルの通りだ。

主人公の小学生マモルには、お姉ちゃんがいる。そのお姉ちゃんは敏腕プログラマーなのだが、対人恐怖症で何年も前から部屋に引きこもっている。

そんなある日、マモルの身の回りで不思議な事件が起こる。マモルが姉ちゃんにそのことを話すと、姉ちゃんはアルゴリズムを使えば謎を解けると宣言する――。

 

といった内容である。

全3話構成で、第1話は「ストリーム・アルゴリズム」、第2話は「サーチ・アルゴリズム」、第3話は「ダイクストラアルゴリズム」がテーマになっている。

 

第1話では、マモルのクラスメイトの女の子が病気で何日も学校を休んでしまい、それが「誰かの呪い」だという噂が立つ。それを聞いた姉ちゃんが、ストリーム・アルゴリズムを使って、呪いをかけた犯人を見つけ出す(もちろん、「呪い」もトリックである)。

第2話では、街中で次々と民家に描かれる不気味な落書きの犯人をサーチ・アルゴリズムで探しだす。そいつが犯人である証拠をつかむため、マモルと姉ちゃんはある施設に潜入するが、そこで思わぬ事故が発生する。

第3話では、キャンプ場に遊びに来たマモルが、たまたま来ていた小学生たちと仲良くなる(姉ちゃんはテントに引きこもっている)。そこでひとつの事件が起こり、第一発見者の女の子が疑われる。マモルは彼女の無実を証明しようとするが、他の全員にアリバイがあった。マモルに請われた姉ちゃんが、ダイクストラアルゴリズムでアリバイ崩しに挑む。

 

この作品の特徴は、アルゴリズムが比喩的に使われるのではなく、本当に、ちゃんと、現場の状況に合わせて使用されることである。マモルが走り回って集めたデータをもとに、アルゴリズムが犯人を導き出すのだ!

さらに、すべてのアルゴリズムにかなり詳しい解説がつく(毎回数ページに渡って姉ちゃんが解説する)。これを読むだけで、ストリーム・アルゴリズム、サーチ・アルゴリズム(バイナリサーチ)、ダイクストラアルゴリズムに詳しくなれるという寸法だ。

 

と、こう書くと、単に奇をてらっただけの粗末なミステリーに思われてしまうかもしれない。

だが、それは違う。

著者の井上真偽は、すでにこの手の理系ミステリーを何作も執筆している熟練であり、その手腕が本作にも発揮されている(と言いつつ私はこの方の作品をまだ本作しか読んでいないのだが)。

マモルと姉ちゃんは、たしかにアルゴリズムで犯人を突き止める。だが、謎解きはそれでは終わらない。

「その人物が犯人であること」が、いったい何を意味するのか?
そもそもなぜこんな事件が起こったのか?

アルゴリズムが導き出した答えから、さらにもうひとひねり加わって、事件の意外な真相が明るみに出るのである。

 

子供向けとして読みやすい作風でありながら、しっかりとミステリーとしての肝も押さえている本作。数学ミステリーの入門書として、万人に薦めたい作品である。

木を飼う

この記事は、木 Advent Calendar 2025の3日目の記事です。

 

木を飼っている。

「木を飼う」ってなんだよ、と思うかもしれない。私も木を飼うまで、「木を飼う」という概念はなかった。

しかし実際に飼ってみると、本当に、木はペットたりうるのだ。

 

こちらがその木である。

もう3年近く飼っている。品種は忘れてしまった。

 

飼い始めて少し経ったころに、写真つきでツイートしていた。

初めはこんな小さかったのが、今では上の写真の通りである。

 

3年も飼っていると色々なことがある。

この木は、元々は赤い実をつけていた。その状態で売られていたのである。しかし飼い始めて3か月ほどで、その実は落ちてしまった。

記念にちょっとかじってみたところ、ほんのり甘いが渋みのある味だった。

 

それから少しあと、飼い始めて最初の夏に、一度しおれさせてしまったことがある。

直射日光というより、おそらく水不足が原因だった。週一で水をあげていたのだが、これ以降は週二にしている。以来、しおれたことはない。

また、冷暖房も基本的につけっぱなしにしている。暑すぎても寒すぎても、たぶんしおれてしまうからだ。

 

毎年春になると、新しい葉っぱをつける。一番上に、1~2枚の新しい若葉が出てくるのだ。

エアコンで室温が一定なので季節を感じられず、葉も花も付けないのでは……と心配もしたが、完全に杞憂だった。エアコンをつけていても温度は変化するし、日照時間も変わる。木はそういう変化を感じ取っているようだ。

 

そして1年が経過したころ、地面から何かが生えてきた。

この「子」のようなやつは、今では立派に育ち、「親」の背を超すまでになった。最初の写真をよく見ると、木が二本生えている。手前側と真ん中付近に一本ずつ生えているのだ。

この木がこうやって増えるものなのか、それともこれは異常事態なのか、分からずじまいである。

 

と、このように、木を飼っていると色々なことがある。ここで紹介した以外にも、小さな花をつけたり、落葉したり、色んな出来事があった。

それに毎日見ていると、少しずつ背が伸びているのがわかる。葉っぱが少しずつ窓の方に傾いていくのもわかる。木は確実に変化していくのだ。

 

そう、木は「動く」のだ。

 

植物といえば、静かで動かないものだと思われがちだ。観葉植物は室内外の置物であり、街路樹や森林は背景としてしか見られない。

たしかに、動物よりは動かない。犬や猫に比べれば、ほとんど止まっているようなものだ。

しかし、それでも、木はたしかに動いている。

植物は、置物でも背景でもなく、生命なのだ。

毎日世話をしていると、「生きている」と感じられるし、愛着もわく。

だからこそ、私は「木を飼う」と表現する。

『異世界に行ったら背理法がなかった』完結しました

カクヨムで連載していた『異世界に行ったら背理法がなかった』がこのたび完結しました。

kakuyomu.jp

 

前作『QK部』を連載していたときから構想はあり、『QK部』が終わったすぐあとから書き始めました。

2024年2月に投稿を始め、約1年半後の2025年8月に完結。全30話でした。

 

そんな出自の作品なので、意図的に『QK部』とは色々と変えた、私の中では実験的な小説でもありました。

これまでにもTwitterカクヨムのエッセイなどで実験内容を小出しにしていたのですが、完結記念ということで、ここでその成果をまとめたいと思います。

 

ネタバレしながらまとめるので、未読の方はぜひ上記リンクより作品をお読みください。

文庫本1冊程度の長さなので、1~2時間もあれば読み終わると思います。

 

ちなみに、『QK部』を書き終えたときにも、似た記事を書いています。こっちはめちゃ長いです。よければどうぞ。

『QK部 -1213-』完結しました。 - 色々

 

 

作品のきっかけ

まずは、この作品ができた経緯を話そうと思います。

本作は、もともとカクヨムで開催されていた「KAC2021」という企画に投稿した作品です。これは、3日ごとにお題がひとつずつ出題されるので、それにあった4000文字以下の作品を書くという企画でした。

で、そこで出たお題のひとつが、「直観」。

こんなお題を出されたら「直観主義論理」について書くしかない!!

と思い、4000字で「直観主義論理が支配する異世界に転生する話」を書きました。

異世界に行ったら背理法がなかった(黄黒真直) - カクヨム

そしたら、この作品がTwitterで大バズり。主に数学系の人達の間で回し読みされる状態となりました。

当然ながら数学的なツッコミも入ったりしてちょっと怖かったんですが、私が書いた短編小説の中ではおそらく一番のバズりで、ちょっと調子に乗りました。

で、「人気が出たんだからこれを長編化したらもっと面白くなるんじゃないか」と思い、それ以降少しずつ構想を練っていました。

 

「短編版」は主人公が転移した理由も明かされず、偽魔王の正体を見破ったところで終わっています。つまり「長編版」の第1章部分だけで終わりとなっているのです。

ここだけを引き延ばして長編化してもよかったのですが、それでは面白くないので、要素を色々と付け加えて、話の続きを書くことにしました。

 

『QK部』とは正反対の作り方

先ほど述べた通り、『異世界に行ったら背理法がなかった』(以下「いせはい」)の構想は『QK部』の連載中に練っていました。

『QK部』の次の連載にしようとも決めていたので、せっかくなら『QK部』とは全く違う作り方をしようと決めました。

 

『QK部』では3人称視点だった
→「いせはい」は1人称視点にしよう

『QK部』では女の子主人公だった
→「いせはい」は男の子主人公にしよう

『QK部』ではどのキャラも主人公クラスの扱いをした
→「いせはい」は主人公とそれ以外を明確に分けよう

 

といった具合です。

また、『QK部』のときの反省点として、「風景描写がだらだら続いて読みにくい」「状況説明がだらだら続いて読みにくい」といった点があったので、「だらだら書かない」を意識しました。全体的にテンポよく話を進めたつもりだったのですが、どうでしょう?

 

そして、中でも特に変えたのは、以下の2点です。そしてこれが、私の「実験」でもありました。

 

『QK部』では、先にキャラを作ってから、ストーリーを考えた
→「いせはい」では、先にストーリーを作ってから、それにあうキャラを考えよう

 

『QK部』は長々と続けて、ラストもまだ続編が作れそうな終わり方をした
→「いせはい」は文庫本1冊程度の長さにして、ラストもきちっと終わらせよう

 

特に2番目は、かなり強く意識した変更点です。

私の書く作品は、わりと「まだ続けられそう」なところで終わることが多いです。尻切れトンボな感じだったり、物語の序盤だけで終わってる感じだったり。

 

私はここ最近、頻繁に新人賞に投稿しているのですが、ほとんど1次選考で落ちています。理由はわかりませんが、ひとつの仮説として、「物語がきちっと終わっていないからでは?」と思っています。

そこで、新人賞への練習の意味も含めて、「きちっと終わる物語」を書こうと思ったのです。

 

異世界転移もので「きちっと終わる物語」、しかも文庫本1冊程度の長さ。

その条件で書くなら、一番簡単なのは、「異世界に行って戻ってくる話」でしょう。

というわけで、「いせはい」は、

「主人公が背理法のない世界に行き、魔王を倒して戻ってくる話」

になりました。

 

ちなみに長さの方は、この記事執筆時点で98452文字でした(まだ見直しで変わる可能性がありますが)。

およそ10万文字。見事、ちょっと厚めの文庫本1冊程度の長さになりました!

 

キャラの作り方

このようにして作り始めた物語なので、上述したように、今回は先にストーリーがありました。

「短編版」が先にあったので序盤は既に決まっていましたが、次に決めたのはラストシーンでした。

異世界から戻ってきた主人公が、あの異世界が本物だったと確信し涙する」

というシーンを先に決め、その状況が成り立つように間のストーリーを考えることにしたのです。

 

このためには、「主人公には元の世界に戻らなきゃいけない理由がある」「しかし、異世界にも愛着があり、離れがたく思っている」「最終的に、主人公は元の世界を選ぶ」という三段階が必要です。

これが成り立つようなストーリーとキャラクターを作る必要がありました。

 

立神楯太郎について

主人公、立神楯太郎のキャラクターは、このあたりからようやく考え始めました。

まず、主人公には「元の世界に戻る」という目標を立ててもらう必要があります(最近の異世界ものでは珍しい主人公ですね)。そのためには、主人公には戻らなきゃいけない理由が必要です。

そこで、主人公は部活の仲間や家族と別れたくないから戻りたい……という理由を立てました。

この理由がちゃんと成り立つために、楯太郎には「友達想いの良い奴」というキャラになってもらいましたが……果たしてちゃんと書けていたでしょうか。

 

「自分より頭の良い人間を書くのは難しい」とよく言いますが、個人的にはそこまで難しいとは思っていません。楯太郎もイリハも美法も、確実に私より頭が良いですし。

それよりも、「自分より倫理観のある人間」の方がよほど書くのが難しいと思っています。

そして楯太郎は、確実に私より倫理観があり、良い奴です。コミュ力もめちゃ高です。私なんて足元にも及びません。

結果、書くのがめちゃ大変なキャラでした。

 

ちょっと余談。

「いせはい」は先にストーリーをガチガチに決めてから書き始めた作品なので、基本的に「遊び」がほとんどありません。

『QK部』のときは、書いてる途中で思いついたネタを後先考えずに突っ込んだりしていたのですが、「いせはい」にはそのようなシーンは基本的になく、すべてのシーンがなんらかの伏線だったり意味を持っていたりします。

したがって、いわゆる「キャラが勝手に動く」ということもありませんでした。動きそうになったら私が全力で止めていたからです。

そんな中、唯一「キャラが勝手に動いた」シーンがあります。第3章の終盤で、楯太郎がモルダカを勇気づけたシーンです。

元の予定では、モルダカは失意の中で退場するだけの予定でした。しかしそのシーンを書いたとき、「果たして楯太郎だったら、ここでただ見ているだけだろうか?」と疑問に思ったのですね。

友達想いで、異世界でもすぐイリハや美法と仲良くなるような良い奴が、いじめっ子とはいえ失意にある人間をそのままにするだろうか……?

いや、ない。

ということで、あのシーンで楯太郎がモルダカに声をかけることになりました。自分も落選したばかりでショックを受けていただろうに、他人を気遣えるなんて、なかなかできることではないでしょう。彼は、それほどまでに良い奴なのです。

余談終わり。

 

楯太郎は「友達想いの良い奴」です。それだけで元の世界に帰りたがる理由としては十分だと思ったのですが、読者への説得力を増すためには、もう一押し必要な気がしました。

そこで考えたのが、「回想シーンで現実世界のシーンを挟む」という手法です。『葬送のフリーレン』から着想を得ました。

この物語は楯太郎が死んだシーンから始まるので、読者は現実世界での楯太郎や、その交友関係を知りません。なのに「帰りたい」と言われても、読者には共感できないわけです。

そこで、現実世界のシーンをちょくちょく挟むことで、「現実世界でも楽しそうなことやってたんだな」と読者に感じてもらおうという意図がありました。

ついでに、「賢一、孝、有梨の数学研究部の三人の個性を、短い回想シーンだけで読者に印象付けられるか」という実験もしていました。特にコメントとかでは何も言及されていないので、うまくいったかどうかわかりませんが……。「賢一が好き!」みたいなコメントがあれば成功したとわかるんですけどね。

有梨とのラブコメっぽいシーンとかもあった方がよかったですかね。「弁当をこっそり入れ替える」という、だいぶ好感度高くないとやらなさそうな悪戯はやってますが。

 

また、「異世界に行って帰ってくる物語」なので、行く前と帰ってきた後で、主人公になんらかの成長が欲しいところです。本当におまけ程度で良いので。(実際、私はこれを本当におまけと考えていました。話の本筋は魔王絡みのワクワクハラハラ感なので)

ということで、楯太郎は「数学が好きだけど、数学者になる決心はついていない」というキャラクターにしました。数学研究部の他の三人が優秀過ぎて自分に自信がない、という設定でした。

それが、異世界に行って帰ってきたことで、数学者になる決意をします。そして、そこで物語は終わります。いい感じに成長してくれたんじゃないでしょうか。

といっても自信がついたわけではなく、「離れ離れになった友人のため」というストレートではない理由ですが、まぁ友達想いの楯太郎らしい理由でしょう。

 

大鉾美法について

「偽魔王」ことザ・異世界転移もの主人公。

メスガキキャラにしようとしたのですが、あんまりうまくメスガキにならなかった感じがします。やっぱ「ざーこ」とか言わせるべきだったか。

男っぽい口調だったり、人を小馬鹿にするような態度だったりするのは、メスガキにしようとした名残であり、同時に、彼女が自分自身を守るために作った武器だったのでしょう。と、そんなことを考えながら書いていたキャラです。

特にモデルとしたキャラクターはいないのですが、書いている間ずっと頭にあったのは、ライトノベル僕は友達が少ない』の三日月夜空です。たぶん見た目はそっくりだと思います。

「短編版」でも偽魔王をしていたので、こちらでも当然偽魔王をやってもらう必要がありました。そこで、

「神に『魔王を倒せ』と言われて異世界に連れてこられたのに、それをガン無視して自分が偽魔王にまでなるキャラ」

を設定する必要がありました。なんという無茶ブリ。

結果、「相手の言うことを全く聞かず、我が道をいくわがままな少女」というキャラに落ち着きました。

 

同時に、美法には「楯太郎にこの世界のことを説明する役割」も与えました。本来はイリハが担うべき役割のようにも思うのですが、なぜそうしたかというと、理由は二つ。

ひとつは、両方の世界を知っている人間の方が、違いを説明しやすいから。

もうひとつは、私が排中律や二重否定除去を一切使わずに世界の説明をさせるのは大変だと判断したからです。

 

日本語には、二重否定除去がよく使われます。そうです、「反語」です。

あの世界の人間は反語が使えないのです!!

「できないはずがない」とか「やらない理由はない」みたいな言葉が一切使えないのですね。その縛りの中で長台詞を喋らせるのは無理だなと判断して、美法に説明役をすべて引き受けてもらいました。

教育システムなどをイリハが説明するシーンでは、イリハの説明を省略して楯太郎に地の文で要約させています。あれも、私が大変だと判断したからです。

異世界を描くのって難しいね!

 

そしてまた、美法には、「ザ・異世界転移もの主人公」をやってもらいました。

チート能力を与えられ、ちょっとしたことをやるだけで現地人から褒めそやされます。楯太郎ではそういうことができないものの、どうせ異世界ものを書くならぜひそういうシーンを入れたいなぁ、と思ったため、美法にやってもらいました。

それがますます美法のメスガキっぷりを助長した気がしないでもないです。

 

美法は楯太郎とは逆に、異世界に残る決意をしたキャラクターです。そのため、美法には逆に「異世界に残りたい理由」または「元の世界に戻りたくない理由」が必要でした。

とはいえ、本作では「主人公とそれ以外を明確に分ける」とも決めていたため、あまり複雑な理由にはせず、「元の世界ではいじめられていたから」という理由にしました。「なろう系」と呼ばれる作品群ではよくある設定ですね。そういう意味でも、美法は「ザ・異世界転移もの主人公」でしょう。

それが理由で、イリハとちょっと喧嘩になっちゃったりもしましたね。しかし、あれがきっかけでイリハと仲良くなれたので、美法はますます元の世界に戻るメリットがなくなりました。美法が完全に元の世界を見切ったシーンでもあったでしょう。

 

正直、書いているときに「このまま美法が異世界に残るよりも、なんらかのきっかけで元の世界に希望を見出して二人で戻った方がいいのでは」という考えが何度もよぎりましたが……グッとこらえて、異世界に留まってもらいました。

もしこの作品のジャンルが「ヒューマンドラマ」であったなら、そうなったかもしれません。元の世界でうだつの上がらなかった美法が、異世界で一回り成長し、元の世界で頑張るための背骨を手に入れるストーリーも、それはそれで面白いと思います。

が、この作品の主人公は楯太郎。美法には、そのような成長ストーリーは少しだけ遠慮してもらいました。

それに、元の世界で頑張ることだけが成長ではないでしょうからね。置かれた場所で無理に咲く必要はないのです。自分が輝ける場所があるなら、人はそこで活躍すべきでしょう。

 

イリハ・アブサードについて

楯太郎が異世界で出会う「ヒロイン」枠。

まあ、残念ながら、楯太郎とそういう関係にはならなかったのですが。

構想を練っている段階では、イリハといい感じの仲になったりとか、イリハ・美法・楯太郎の三角関係ができたりとかも考えてはいたのですが、ストーリーが混迷しそうだったのでやめました。

イリハには、異世界ものあるあるに従い、多少過酷な状況に身を置いてもらいました。被差別部族の出であり、差別を打ち砕かんとするキャラクターです。

また、出会うのがイリハである物語上の必然性のために、魔王の子孫という設定にしました。でも正直あんまりうまく活きなかったかな……。反省点です。

 

イリハの一番重要な役割は、楯太郎と美法に、異世界人の感性を伝えてもらうことです。

背理法を理解できないことはもちろん、指でものを数えるときに八までしか数えられなかったり、「自分がここにいることの証明」に他者を必要としたり。

このイリハ(異世界人)の感性こそが、本作最大の見どころでもあります。

 

異世界ものは私もいくつか見たことがあるのですが、どうしても不満を感じる点がありました。

それは、「異世界なのに感性や価値観が現実世界とあまり変わらない」という点です。

現実世界でも、国や地域が違えば価値観はがらりと変わるものです。世界が違えば、もっと変わってしかるべきです。

 

実はこれは、SF作品などではごく普通に行われていることです。遠い未来、科学技術が発達した世界で、人々の価値観がその技術に引っ張られ、現在のものとは大きく異なっている様子が、SFではよく描かれています。

私はそれを、異世界ものでやろうとしたのです。

 

あの世界には背理法がありません。その理由は構成主義だからです。構成主義であり、排中律や二重否定除去が理解できない人たちは、果たしてどんな価値観を持つのか?

それを考えて、イリハのキャラクターは作られました。

 

「イリハの価値観が現実世界の価値観と違う」という点は、嬉しいことに結構評判が良かったです。コメントでも気に入ってくださった方がいましたし、私の友人も面白がってくれました。「実はSFではよくある手法で、それを異世界ものでやっただけなんですよ」と謙遜しておきましたが、内心はドヤってました。やってやったぜ、という気持ちでした。

 

作中では、イリハの成長のようなものは、特に描かれません。ただ、これまでにいくつもの苦労を乗り越えてきたことが説明されています。

言ってみれば、イリハは物語開始時点で成長しきっているのですね。数学者としてはこれから成長していくのでしょうが、人間的な部分はおそらく完成形です。楯太郎曰く「ぽやっとした見た目」ですが、中身は三人の中で一番しっかりとした大人のお姉さんなのです。

 

ちなみに、『QK部』では美少女ばかり登場して、ちょくちょくえっちな描写も入れていましたが、「いせはい」ではそういう描写は一切排除しました。

これは意図的で、エロなしでどこまで面白くできるか(魅力的にできるか)に挑戦していたからです。

なので、イリハの描写も、初対面時に「銀髪の美少女」と触れた程度で、以降はほとんどありませんでした。

……しかし今考えると、描写したからってえっちなわけじゃないので、描写ぐらいどんどんすればよかったですね。読者の中で、「イリハが銀髪」だと覚えている人はどれほどいるのか。

ちなみに挑戦の結果ですが、コメントなどを見る限り、みんな純粋にストーリーを楽しんで読んでくれていたようです。えっちなシーンがなくても読ませることはできるんですね。えっちなシーンがあればもっと読んでもらえたかな。

 

神について

本作のトリックスター、女神。

この女神は、私の好きな神様要素をごちゃっと混ぜて作ったキャラです。「のじゃロリ」で着物を着てて、一人称が「妾」なキャラですね。

重要キャラでありながら登場シーンは少ないので、その少ないシーンだけでなんとか読者に印象付けようと必死でした。

 

作中で書ききれなかった裏設定が多いキャラでもあります。せっかくなのでここでいくつか書いちゃいます。

まず「魔法」ですが、あれは神の好意によって人間に「使わせてあげてる」ものです。なので、神の嫌いな人間には魔法を使わせてあげないし、逆に大好きな人間なら、呪文なんてなくても使わせてあげます。

呪文が必要になるのも、「呪文を覚え、正確に唱えられる」=「それだけ神を信用している」と神が判断するからです。神が魔王オルセーアの「願い」を叶えようとしたのも、それだけ神が魔王を気に入っていたからですね。

本当は、呪文なんて必要ないわけです。神は、人間が願いさえすれば、それを叶えてあげることができます。でも、すべての人間の願いを叶えるのは大変だし、矛盾も生じるので、神は人間を「お気に入り度」でランキングして、ランクの高い人間の願いを優先的に叶えている、という設定なのでした。
(「魔法を使う」=「その魔法が実現されることを願う」と神は解釈している)

また、神にも制約があります。神は基本的にはなんでもできますが、人間が願わない限り、世界に干渉することができません。

そのために、何度も魔王を復活させることで、人類が「異世界からでもいいから、魔王を倒せる人を召喚したい」と願うように仕向けたのです。そうしてやっと、異世界から背理法を理解する人間を呼び寄せ、彼らにイリハを育ててもらい、魔王の望む世界を作らせることにしたのです。

 

……という設定だったのですが、作中でここまで詳しく描ききることができませんでした。まぁ、こういう細かいことは無理に描かず、読者の想像に任せた方がいいのかな、という気もします。

 

作中で美法が推理している通り、あの異世界とこっちの現実世界は、どちらもあの女神が作った世界です。先にあの異世界を作り、魔法という力を授けることで神を愛するように仕向けたものの、それに少し飽き、試しに神が一切干渉しない(=魔法がない)世界を作ってみた、という設定でした。

それでも神を愛してくれるだろうと期待していたら、思ったほどでもなかった……と落胆している設定です。未来をある程度予測できても、完全な予知はできないので、こういう失敗をときどきしています。

 

魔王について

本作の裏主人公、魔王オルセーア・アブサード。

自分の居場所をひたすら求め、最終的に報われた幸運な人です。

「いせはい」は、全体的に「居場所を求める」という主題で書かれています。それをメインテーマとしていたわけではないのですが、書き上がってから読み返すと、メインテーマかのように仕上がってますね。

作中で楯太郎が言及していた通り、楯太郎は元の世界という居場所を、美法は勉強ができる居場所を、イリハは差別されない居場所を、そして魔王は、背理法が通じる居場所を求めていました。

最初からこれをメインテーマとして、もっとしっかりとここに向けて構成した方が、ストーリーのまとまりが良かったかもしれません。

私はわりと、自分が書いている作品がどういう作品なのか、把握しないで書いていることが多いです(これは私が物書きとして未熟だからなのですが)。書き上がってから、ああこれはこういう話だったんだな、とようやく得心するのですが、今回もそれが起こりました。この作品は、居場所を求める人たちの話だったのですね。

 

ラストに向けて明かされる、魔王オルセーアの正体は、もちろん最初からすべて決まっていました。

ただ私は、文庫本1冊分の長さで「謎解き」をする話をいままで書いたことがなかったので、情報の出し方はかなり手探りでした。

このタイミング、この順番で情報を開示して、本当によいのか……とずっと悩みながら書いていました。

話の構成上、第4章に手がかりが集中してしまいましたが、もっと全体に分散させたかったなぁ、という気もしています。

 

あと、「未来予測はできるけど未来予知はできない」「未来を予測できるのは、知っているのと変わらない」という話は、ラストシーンで突然出てきてしまいました。

これ、もうちょっとなんとかならなかったかな、と思っています。

たとえば、モルダカがコンピュータを披露したとき、「これがあれば未来を計算できるようになる」とでも言えば、伏線として完璧だったはずです。

それをあの時点で思いつけなかったのは反省点です。
(実は結構悔しく思っているので、あとで書き直すかも)

 

そういえば、作中で説明できなかった謎に、「魔王がなぜ死刑を回避できたのか」があります。一応、設定では「神が助けたり、魔王が未来を予測したりしたから」となっています。作中の説明だけで推測できる……かな?

魔王は神を、人類史上最も愛していたため、あらゆる魔法を使うことができました。彼女がなぜそれほどまでに神を愛せたのか、についても、作中では明言していません。これも一応設定はあって、「両親の英才教育のたまもの」となっております。

 

ところで、作中でミスリードとして「魔王は異世界人」という推理が登場します。あれは、読者に魔王の正体に勘付かせないためのものだったのですが、かなり納得感があったみたいで、コメントで「絶対そうじゃん」とまで言われてしまいました。

結局、魔王は異世界人ではなかったわけですが、もしかしてこの真相、肩透かしを食らってしまったでしょうか? 異世界人だった方が面白かったかな……?

ちなみに、「魔王は異世界人」という話題は、そこから「では魔王はいつの人物なのか?」「美法の死亡日はいつなのか?」という話題に自然につなげるためのものでもありました。美法の死亡日は最終話で必要になるので、どこかでは出す必要があったのです。

だた、上述の通り「魔王は異世界人」という推理のインパクトが強かったようで……。もしかして読者が美法の死亡日を覚えられないのでは、と不安になりました。どうでしたか?

 

最初にストーリーを練っていた段階では、魔王は普通に倒される予定でした。楯太郎が討伐隊メンバーに選ばれ、魔法の仕組みを数学的に(背理法を使って)解明し、それを使って魔王を倒す……という展開を考えていたのです。

が、「魔法の仕組みを数学的に解明」の部分が難しすぎて諦めました。

 

そこで発想を変えて、「魔王を倒す必要がなくなる」という展開に決めました。そこで、「そもそも魔王はなぜ人類を滅ぼそうとしたのか?」という点に対し、作品テーマである背理法をうまく絡めることにしたのです。

結果、「背理法の仮定が結論だと勘違いされたから」という真相に至りましたが……さて、これ、読者の皆さんは納得したんでしょうか。

この真相も最初から決めていたので、読者が納得できるよう、最初から(イリハと出会ったシーンから)伏線を張り続けていたのですが……うまくいったかどうかは、正直よくわかりません。うまくいっていてくれ、と願うばかりです。

 

モルダカについて

イリハの本を盗んだり、イリハに対抗意識を燃やしていたりしていた少年。

「短編版」では、イリハの本を盗むのは美法の役割でした。それをモルダカに変更したのは、いわゆるヘイト管理のためです。

美法はこの作品の重要人物ですから、読者のヘイトを集めるわけにはいきません。もし美法にヘイトが集まっていたら、最終話で楯太郎が泣く説得力がありませんから。

そこで、ヘイトを集めるためだけに作ったのがモルダカです。ごめんね、モルダカ。

 

とはいえ、どうして彼がそんなにイリハを目の敵にするのか、その理由が必要だなと思い、モルダカの両親も数学者にしました。

結果的に、それが原因で楯太郎がモルダカに同情してしまい、予定外の行動を取ることになりましたが。

また、ヘイトを集めるつもりで作ったキャラだったので、モルダカが失敗してもさほど悲しまれないと思っていたのですが、コメントを見る限り、わりと読者には同情されていました。案外人気キャラに育ったのかもしれませんね。

ちなみに、「モルダカ・ジェロノ」という名前は、ジェロラモ・カルダーノをもじったものです。

作中人物の何人かは、数学者の名前から取っています。国王の本名は「オレン・ハトル」でしたが、これはレオンハルト・オイラーから。魔王が結成した組織「センメルヌス」はマラン・メルセンヌから。数学史家のトドルトさんは、15世紀にユークリッドの『原論』を初めて印刷したエルハード・ラートドルトから取っています。

 

実験結果

さて、『異世界に行ったら背理法がなかった』は、私の中では実験作でした。

キャラより先にストーリーを作り、きちっと終わらせる。

結果、どうだったかというと……。

 

後者に関しては、きちっと終わらせることができたと思います。全員の願いが成就し、主人公は元の世界で生きる活力を見出していますから。この続きを書けと言われても、私には無理です(美法が会いに来るシーンくらいは書けるかもしれませんが、明らかに蛇足でしょう)。

 

問題は前者です。

キャラよりストーリーを先に作った結果、めちゃくちゃ書きやすいけど、書いててあんま楽しくないということがわかりました。

『QK部』のときは、毎回かなり苦しみながら書いていました。「このときこの子ならどう考えてどう行動するか……」と毎回悩みながら書いていたからです。そして多くの場合、事前に考えていた展開とは違う展開になり、軌道修正するのに四苦八苦していました。

異世界に行ったら背理法がなかった』ではそのようなことは一切なく、書き始めたらするすると一話書き上がりました。いつどのタイミングでどう展開するかが、すべて決まっていたからです。それに沿って書けばいいだけだったので、簡単でした。

 

しかし、あんま楽しくなかったです。

 

自分でも意外な発見だったのですが、どうやら私は、キャラを描くのが好きなようです。「いせはい」はストーリーを重視し、キャラはおろそかにしていました。おそらく、それが良くなかったのだと思います。

『QK部』のときは先にキャラを決めて、とにかくそのキャラを描くことを第一に考えていました。なので、予定になかった展開が何度も生じていたのですが、それはそれで楽しかったわけです。

しかし「いせはい」ではそのようなことは一切なく、キャラクターはストーリーを進めるための駒に過ぎませんでした。予定外の展開は、楯太郎がモルダカの背中を押すシーンだけです。

 

キャラへの愛着も、なかなか湧きませんでした。『QK部』のときは書く前から私の中の好感度がMAXだったのですが、「いせはい」はそうでもありませんでした。愛着が湧いてきたのは、4章に入って終わりが見えてきた頃からかなぁ。

本当に、自分でも意外だったのですが、私はキャラに愛着を持って、そのキャラの行動を考えて書くのが大好きなようです。

 

思い返してみれば、私は小さい頃、人形遊びが好きでした。いま小説を書いているのも、その延長と言って差し支えありません。

まず人形ありき。触れて、思い入れのあるキャラがまずいて、その子達がどう動くかを考えてお話を作るのが好きなのです。

「いせはい」はそれとは全く逆の作り方をしたので、書いていてなんかしっくり来なかったのだと思います。

 

今までは短編ばかり書いていたので、このことに気付いていませんでした。いえ、短編だとしても、それなりにキャラ設定を考えて書いていたのかもしれません。たとえオチメインの短編だとしても、そこに至るまでのキャラ造形は必要ですからね。

今回は意図的にそれを逆転させたので、違和感がバリバリだったのだと思います。

 

次回作

『QK部』のまとめ記事で次回作について触れたので、ここでも触れておこうかと思います。

『QK部 -1213-』完結しました。 - 色々

上の記事では、「次回作」の項目でちゃんと『異世界に行ったら背理法がなかった』を挙げています。有言実行。

 

前回は「次回作が決まっていない」と書いていますが、今回はふわっと決まっています。

ただ、それを書けるのはまだだいぶ先かな……。設定だけで、ストーリーがまだ全然できていないので。あと、キャラも作り込まなきゃですからね。

ヒントを出すと、今度は数学から範囲を広げて、理系ネタをやります。そして、バトル物です。理系×バトル物をやる予定です。初めは数学だけの予定でしたが、数学以外のネタも含めた方が面白そうだなと考えて方向転換しました。

数学×部活もので『QK部』が生まれ、数学×異世界もので『異世界に行ったら背理法がなかった』が生まれました。では、理系×バトル物になったら……?

どうぞお楽しみに!

 

現在は、新人賞に送るための小説を書いています。実は先日にも1本送ったばかりだったりします。受賞すればいいな。

いま書いているのは8月末が締め切りなので、次回作は少なくともそれ以降の着手となります。なのでカクヨムに投稿できるのは……いつになるやら。

 

その連載作品以外にも、不定期に短編を投稿すると思います。
そちらもどうぞお楽しみに。

 

終わりに

ということで、この記事を投稿したら『異世界に行ったら背理法がなかった』が本当の完結を迎えます。

この記事執筆時点ではまだ最終話を投稿していないため、私の中ではまだ続いているお話ですが……読者の皆さんにとっては、これで本当におしまいです。

私が初めてちゃんと書いた異世界もの、楽しんで頂けたでしょうか。

数学的にはちょっとツッコミどころのある作品だったかもしれませんが……。
直観主義論理について多少は調べましたが、理解しきれていない部分もありますので……)

 

また本作は、終盤で突如バズった作品でもあります。元々短編がバズったことで書き始めた作品ではあるのですが、思ったよりも伸び悩んでいたところ、突然バズりました。

まぁその理由は、たまたま理系ネタのTweetがバズり、そこにこの作品の宣伝をぶら下げたからなのですが。

中身で話題になって欲しかったですが、まぁ、宣伝も大事ですよね。

 

ちなみに、本作で『QK部』から変更した箇所はもうひとつあって、「積極的に宣伝する」があります。

私が開催しているイベント内で宣伝したり、投稿するたびにTweetしたり、バズったTweetにぶら下げたり……。そういうことを繰り返したら数学ネタでもバズるのか、という実験もしていました。

結果、本当にバズりましたね。やっぱり宣伝は大事だという発見がありました。

 

あまり楽しくなかった、などと上では書きましたが、新しいことに挑戦しっぱなしの作品だったので、そういう意味では楽しい作品でした。同じことを繰り返すよりも、たまに新しいことをやった方が楽しいですからね。

本作は「テンポよく!」を意識して書いた小説ですが、読み返してみると、『QK部』よりも文章が読みやすい気がします。テンポよく書くことを意識すると、文章力も上がるのかもしれません。

こんな風に、私にとって色々な発見のある作品でした。

私を物書きとして成長させてくれた、楯太郎、美法、イリハ。そして神とオルセーアとモルダカ。どうもありがとう。

そして本作を最後まで読んでくださった読者の皆様、どうもありがとうございました!

ジュニパーグリーンゲーム完全攻略

この記事は、日曜数学 Advent Calendar 2024 の3日目の記事です。

 

「ジュニパーグリーンゲーム(Juniper Green Game)」というゲームがある。約数と倍数を使った、小学生向けの算数ゲームである。まずはルールを紹介しよう。

プレイ人数:2人
対象年齢:10歳~
プレイ時間:5分~10分

 

・1以上100以下の整数の中から、交互に「相手が選んだ数の約数または倍数」を選び続け、先に選べなくなった方の負け

・先手が最初に選べる数は偶数のみ(二手目以降は偶奇を問わない)

・一度選んだ数は二度と選べない

『イアン・スチュワートの数の世界』(朝倉書店、2009)によれば、このゲームはイアン・スチュワートの友人イアン・ポーテアスから聞いたものであり、ポーテアスの言によれば、彼の息子のボブが考案したゲームだという。ボブは小学校で教師をしており、彼が勤める小学校のある町の名が「ジュニパーグリーン」なのだそうだ。

 

このゲーム、試しにやってみると、例えば次のようなゲーム展開になる。

(先)50 → (後)100 → (先)5 → (後)85 → (先)17 → (後)51 → (先)3 → (後)57 → (先)19 → (後)95 → (先)1 → (後)97 → (先)何も選べないので負け

終盤、先手が19を選んだあと、後手は19×5=95を選んだ。すると、5も19も既に一度選ばれた数であるから、先手が選べるのは1しかない。そのあと後手は97を選んだが、これは素数なので、約数は1と97しかない。どちらも既に選ばれた数であるから、先手は何も選べずに負けたのである。

 

さて、実はこのゲームには、必勝法が存在する。それも、先手必勝である(つまり上の例では、先手がヘマをしている)。どうすれば勝てるだろうか?

 

このゲームは、最終的に相手を何も選べない状態に追い込めれば勝ちである。よって、どうやってその状態に追い込むかが課題である。

ひとつの方法は、素数を選ぶことだ。素数は約数が二つしかないので、51以上の素数を選ぶと、相手は1しか選べない*1。その後もう一度51以上の素数を選べば、相手は選ぶ数がなくなって負けてしまう。

しかし、初手で51以上の素数を選ぶことはできない。なぜなら初手で選べるのは偶数だけだからである。
そして一度合成数を選んでしまうと、相手が1を選ばない限り、51以上の素数を選ぶことはできない。なぜなら、100以下の合成数は、約数に51以上の素数を含まないからだ。

 

ということで、次の課題は相手に1を選ばせる方法である。相手が1さえ選んでくれれば、こちらは51以上の素数を選べるので、勝つことができる。

当然、相手もそのことがわかっているので、極力1以外の約数を選ぼうとするだろう。その状態で相手に1を選ばせるには、1以外の約数がすべて選ばれてしまった状態を作る必要がある。

理屈の上では、どのような数を選んでいっても、最終的にはその状態に陥る。が、確実かつ効率的に追い込む方法がある。半素数を選び続ければよいのだ。

素数とは、ちょうど二個の素因数を持つ合成数である。例えば4=2×2や、51=3×17などである。

素数には約数が四つしかない(1と自分自身と、二つの素因数)。しかもこのゲームでは一度選ばれた数は選べないので、半素数自身を選ぶことはできない。また、相手は極力1を選びたくない。ということで、相手は二つの素因数のどちらかを選ぶことになる。そしたら、相手が選んだ素数に別の素数をかけた半素数を返してやれば、相手をどんどん追い込める。

つまり、次のような展開を望めるわけだ。p,q,r,sはすべて素数で、自分は51以上の数を選び続けているものとする。

(自分)pq → (相手)p → (自分)pr → (相手)r → (自分)rs → (相手)s → (自分)ps → (相手)1

もしくは、次のように展開させてもよい。

(自分)pq → (相手)p → (自分)p^2 → (相手)1

 

最後の課題は、この展開にするために、初手に何を選べばよいかである。

もちろん、初手から半素数を選んでしまえばよい。しかし、初手に選べるのは偶数のみだった。そこで、偶数の半素数を選ぶことになる。つまり、pを素数として、2pの形をした半素数を選べばよい。

だが、何でもよいわけではない。選ぶ数は三つの条件を満たす必要がある。

一つ目は、51以上であることだ。もし50以下だと、相手は倍数を選べてしまうからである。

二つ目は、3p≦100であることだ。

例えば、p=47はこの条件を満たさない。そのため、初手に94=2×47を選ぶと、次のようになる。

(自分)94 → (相手)47 → (自分)1

47は素数なので、相手がこれを選ぶと、自分は1しか選べなくなってしまう。なぜなら、二倍の94は既に選ばれているし、三倍の141は100を超えてしまうからだ。

すなわち、3p≦100という条件は、

(自分)2p → (相手)p → (自分)3p

という取り方をするために必要なのである。

そして三つ目は、100≦4pであることだ。これも似た理由で、もし4p≦100であったら、

(自分)2p → (相手)4p

となり、相手に逃げられてしまう。

 

以上から、初手で選ぶべき半素数2pは、

 50≦ 2p, 3p ≦100 ≦ 4p

を満たす必要があるとわかる。そして、これを満たす素数pは、29と31のみである。よって、初手は58または62を選ぶのが必勝法となる。

実際、58を選ぶと、次のようになる(場合がある)。

(先)58 → (後)29 → (先)87 → (後)3 → (先)57 → (後)19 → (先)95 → (後)5 → (先)85 → (後)17 → (先)51 → (後)1 → (先)97 → (後)何も選べないので負け

後手が一手目に2を選んだ場合は、これとは異なる手順となる。また、初手に62を選んだ場合も二通りの手順が存在する。

個別に書くと面倒なので、p,qをそれぞれ29, 31のどちらかとして、ひとまとめに書くと、以下の通りだ。

(先)2p → (後)p → (先)3p → (後)3 → (先)57 → (後)19 → (先)95 → (後)5 → (先)85 → (後)17 → (先)51 → (後)1 → (先)97 → (後)何も選べないので負け

(先)2p → (後)2 → (先)2q → (後)q → (先)3q → (後)3 → (先)57 → (後)19 → (先)95 → (後)5 → (先)85 → (後)17 → (先)51 → (後)1 → (先)97 → (後)何も選べないので負け

 

後手に3を取らせてからの動きは全く同じになる。その過程を素因数分解するとこうなっている。

(先)3×19 → (後)19 → (先)19×5 → (後)5 → (先)5×17 → (後)17 → (先)17×3 → (後)1 → (先)97

これは、先ほど書いた、

(自分)pq → (相手)p → (自分)pr → (相手)r → (自分)rs → (相手)s → (自分)ps → (相手)1

のパターンになっていることがわかるだろう。自分が常に51以上の半素数を取り続けることで、いずれ勝つことができる。

また、このゲーム展開をよく観察すると、先手必勝になるためにはpの条件だけでは不十分で、50≦2q,3q≦100≦4qとなる素数qも同時に存在しないといけないことがわかる。というのは、もしこれが存在しない場合、後手に2を取られると詰むからである。

 

さて、ここまで来ると、Nを自然数として、1以上N以下の範囲で行う一般ジュニパーグリーンゲームの必勝法が気になってくる。

この場合、先手必勝とは限らない。自明な例として、N=2の場合は後手必勝となる。

(先)2 → (後)1 → (先)何も選べないので負け

 

また、ここまでの考察から、

 N/2 ≦ 2p, 3p ≦ N ≦ 4p

 N/2 ≦ 2q, 3q ≦ N ≦ 4q

を満たす異なる素数p,qが存在しない場合も先手必勝とは限らないことがわかる。

 

例えば、N=32の場合は、条件を満たす素数が存在しない。そしてN=32は後手必勝であることが知られている。
一方、N=33も条件を見たす素数がp=11のひとつしか存在しないが、こちらは先手必勝のようだ。

 

逆に、次の条件を満たす三つの素数p,q,rがあるとしよう。

 N/2 ≦ 2p, 3p ≦ N ≦ 4p

 N/2 ≦ 2q, 3q ≦ N ≦ 4q

 N/2 ≦ 2r, 3r ≦ N ≦ 4r

この場合は、次のようにすれば先手必勝である。

(先)2p → (後)p → (先)3p → (後)3 → (先)3q → (後)q → (先)2q → (後)2 → (先)2r → (後)r → (先)3r → (後)1 → (先)N/2より大きい素数 → (後)何も選べないので負け

先手は初手で2pを選べば、あとは3p, 2q, 3qのいずれかを取り続けることで、後手に2と3を選ばせることができる。後手がその両方を選んだあとで、先手が2r(もしくは3r)を選ぶと、後手はrを選ぶしかなく、さらに先手が3r(もしくは2r)を選べば、後手はもう1しか選べない。よって先手必勝である。

 

『イアン・スチュアートの数の世界』によれば、物理学者のウィグナーがこのゲームについて研究し、Nの階乗を素因数分解したときの指数の偶奇が、先手必勝/後手必勝を見分けるカギになると示したらしい。

またarXivで検索すると、一件だけヒットする。

arxiv.org

フランス語の論文であるが、図表が多いのでなんとなく意味が読み取れる。また本文が8ページほどなので、DeepLなど翻訳ツールを駆使すればなんとなく読める。上で紹介した、条件を満たす素数p,q,rが存在する場合の必勝法は、この論文を参考にした。

この論文によれば、任意のNについて、必勝法が解明されている。

まず、ほとんどすべての整数について、先ほどの条件を満たす素数p,q,rが存在する(ここでいう「ほとんどすべて」とは、「例外が有限個」という意味である)*2

例外についても、そのほとんどが第二の戦略によって先手必勝となる。第二の戦略とは、N=100の場合の戦略と同じものである。初手で2pを選んだあと、後手が2を選ぼうがpを選ぼうが、いずれ先手は3pまたは3qを選べる。すると後手は3しか選べなくなり、その後は各Nによって決まる手順で後手を追いつめられる。

そして残りわずかのパターンを、プログラムによって解析したようである。

以上で、ジュニパーグリーンゲームは完全解析された。

*1:1以上100以下の整数を選ぶルールなので、51以上の素数の倍数は選ぶことができない

*2:この論文を信じるならば、186以上のすべての整数において、この条件が満たされる。しかし、私の見た限りこの論文にその証明は載っていないし、私にはその証明が思いつかない。整数論に詳しい人間にとっては自明なのだろうか?

書籍『笑わない数学』裏話

この記事は、日曜数学 Advent Calendar 2023 の11日目の記事です。

昨日はapu_yokaiさんの「ドミノで繋がる数学の話」でした。

 

現在NHKで放送中の数学番組「笑わない数学」の書籍が、本日12月11日に発売されます! 

www.kadokawa.co.jp

より正確には、2022年7月〜同9月まで放送していた第1シリーズの書籍化です。第1シリーズで放送された6つの話題「素数」「無限」「四色問題」「フェルマーの最終定理」「確率論」「ガロア理論」を収録しています。

この書籍化に私も協力させていただいたので、宣伝を兼ねて、本書の内容をご紹介したいと思います。

 

なお、私が協力した範囲は、「無限」「確率論」の2テーマの執筆です。他のテーマは、onewanさんと龍孫江さんに執筆を依頼しました。それ以外の部分はKADOKAWAの担当編集様と、NHKの番組スタッフ様の手によるものとなっております。

 

テレビ番組「笑わない数学」とは

パンサー尾形貴弘が難解な数学の世界を大真面目に解説する異色の知的エンターテインメント番組!

NHKの公式HPより)

芸人のパンサー尾形さんを進行役に据え、にもかかわらず笑いを取らずに進んでいく数学番組です。NHK特有の、非常に質の高い映像技術、CG技術により、難解な数学の世界をわかりやすく紹介してくれます。

これまでに扱ったテーマは、「素数」「四色問題」「フェルマーの最終定理」「結び目理論」「コラッツ予想」など多種多様。私自身楽しく視聴しておりましたし、私の周りでも概ね好評でした。

詳しくは番組HPをどうぞ。監修の数学者の方が書いた解説記事や、メイキング映像などもあります。 

www.nhk.jp

 

書籍の構成

本書は、基本的には番組内容を文章化したものになります。一言一句そのまま文字起こししたわけではありませんが、よく探すと、ナレーションと全く同じ文章が書かれていたりします。

したがって、構成なども本文は番組内容と全く同じです。番組で扱った話題がそのまま載っていますので、
「『笑わない数学』で見たあの話、詳しくはどんな内容だったっけ~!?」
と困ったときにご活用ください。

 

ところで。
本書の要素は本文だけではありません。

本文のほかに、各テーマごとに「まえがき(Chapter 0)」と「あとがき(編集後記)」があり、また本文の合間に「サイドノート」と「エディターズノート」が入っています。

そしてこの四つは、かなりの部分を著者の裁量で書かせてもらいました。そのため、著者三名の色が濃く反映されたコラムとなっております。

私が担当したのは「無限」と「確率論」ですが、私が数学史などを好きなため、その方面の話も織り交ぜさせてもらいました。

 

私はすでに書籍全体に目を通していますが、お二人のコラムもかなり面白いです。特に「ガロア理論」(龍孫江さん担当)のChapter0が熱いです。

ガロア理論は、ガロア理論と名付けられています。なぜ「群理論」とかではなく「ガロア理論」と呼ばれるのでしょうか。ガロアが創始したからでしょうか。しかし、パスカルが創始した確率論は、「パスカル論」とは呼びません。いったいなぜ、ガロアだけが特別扱いされているのでしょう?

その理由が、本書第6章に載っております。とても熱い理由です。

 

「無限」裏話

ここからは私が担当したテーマについて、執筆裏話などを紹介します。

一つ目は「無限」。番組では第二回のテーマだったものです。

話の主人公はカントール。番組では、古代から続く「無限」にまつわる論争を紹介し、そこからカントールの活躍の紹介へとスライドしました。

 

番組の構成は大きく四段階に分かれていました。第一段階は、自然数と偶数が同じ個数であるということ。第二段階は、ゼノンのパラドックスなど、歴史上の無限の扱われ方について。そして第三段階でカントールが登場し、自然数有理数無理数、実数などの個数(濃度)を比較。最後の第四段階で、カントールが目指した「連続体仮説」について紹介しました。

当然、書籍の構成もこの通りに編み、「ゼノンが示した無限の奇妙さを、カントールが解決したのです!」という流れにしたのですが……。

実はここで、結構困ったことが発生しました。

監修の小山先生から、「ゼノンが示した奇妙さを、カントールは解決していない」と指摘されてしまったのです!

 

言われてみればその通りでした。ゼノンのパラドックスは「時空間を無限に分割できるか?」という問いが肝になっており、カントールが追究したものとは全く別物です。

とはいえ、番組の構成を大きく崩した内容にするわけにもいきません。なんとかしてゼノンとカントールを両立させる必要があるのです。

ということで、内容を少しだけ変更して、「図形の無限」と「数の無限」を両輪とするストーリーに仕上げました。メインは「数の無限」の方ですが、時々脇道に逸れて「図形の無限」も覗き見る構成としたのです。

このおかげで、アルキメデスとか微分積分とかの話も(名前を出す程度ですが)書くことができて、私としてはむしろ得をしました。

 

この章ではさらに、番組で扱わなかった内容として、他のゼノンのパラドックスの話や「稠密」の定義などにも触れています。また、番組では「実数の無限は自然数の無限よりでっかい!」とだけ紹介していましたが、「どのくらいでっかいのか?」についても書きました。

 

「確率論」裏話

私が書いたもう一つのテーマは「確率論」。番組では後ろから二番目のテーマでした。

こちらの主題はモンティ・ホール問題。その解説を通じて、確率論の歴史や経済との結びつきなどを紹介する回でした。

 

本書を執筆する上で、我々執筆陣は、NHKスタッフの方々の「押さえてほしいポイント集」のようなものを頂きました。可能ならそれに沿ったコラムも書いてほしいというポイントですね。

「確率論」で頂いたポイントは、なんとほぼすべてがモンティ・ホール問題に関するもの! おかげでモンティ・ホール問題周辺のコラムが、やたらと増えることになりました(あまりに多すぎて、KADOKAWAの編集さんに「減らしてくれ」と言われたほどでした)。

 

とはいえ、私自身もモンティ・ホール問題については色々語りたい点も多かったので、都合が良かったです。本書に収録されたモンティ・ホール問題のコラムは、私が最初から書くつもりで書いたものと、スタッフさんに「そこまで書くならこれも書いて」と追加されて書いたもので構成されています。

私がどのくらい語りたかったかというと、過去にモンティ・ホール問題について発表しているくらいには語りたがっています。

この発表は時間制限が5分しかなかったので、言いたいことの半分も言えませんでした。いつか動画なり文章なりの形で言いたいことをまとめたい……と思っていたので、今回の執筆は渡りに船でした。

 

モンティ・ホール問題は図などを使った説明が多く、数式を使った説明がほとんど見当たりません。私はそれが不満で、今回、数式を使ってモンティ・ホール問題を解きました。一般書ではなかなか珍しいのではないでしょうか。

数式で解くと、モンティ・ホール問題に関する色々な誤解も解けます。しばしば「世界中の数学者が間違えた難問」なんて紹介されることもありますが、数式を眺めると、「難しいから間違えたわけではないのでは?」と疑念が浮かびます。そのことについても書きました。

(ただし、ページ構成の都合で一部の数式は図に置き換えることになりました……いつの日か完全版を!)

 

もちろん、モンティ・ホール問題に終始する回ではありません。「確率とは何か」といった話にも触れ、編集後記ではコルモゴロフの公理を紹介。また、そこから余事象の確率を証明します。

 

おわりに

ということで、私が執筆陣の一人となった書籍『笑わない数学』は、2023年12月11日に発売です。

本書で扱うのは、全20回の番組のうち、たった6回分のテーマだけです。つまりまだ14回分も残っています。

おや? ということは第2巻、第3巻も……?

出るかどうかはわかりませんが、もし本書が大ヒットすれば出るかもしれません。興味を持っていただけたなら、ぜひお手に取ってください。

www.kadokawa.co.jp

 

 

2の3乗根の作図について

この記事は、日曜数学 Advent Calendar 2023の6日目の記事です。

5日目はTaichi Aokiさんの「平面上の凸な領域を3本の直線で面積7等分できない(後編)」でした。

 

2023年10月28日開催の第28回日曜数学会にて、「倍積問題」について発表をしました。

この発表はたった5分でしたので、かなり要点を絞って説明しました。そのため、こぼれ落ちた周辺情報が色々あります。本記事では、それらを紹介したいと思います。

 

 

倍積問題とは

倍積問題とは、次のような問題です。

与えられた立方体の、倍の体積を持つ立方体を作図せよ。

倍の体積を持つ立方体を作図するためには、そのような立方体の一辺を作図する必要があります。最初の立方体の体積を1とすれば、作図したい立方体の体積は2で、一辺の長さは2の3乗根になります。

つまりこの問題は、「1の長さ(立方体の一辺)が与えられたとき、一辺が2の3乗根の立方体を作図せよ」と言い換えられます。

 

この問題が出題されたのは、今から2300年以上も昔、古代ギリシャと呼ばれる時代です。今回の主人公であるエラトステネスも、その時代の人物でした。

なぜこんな問題が出されたのでしょうか。エラトステネス自身の説明によれば、グラウコスという人物の墓(神殿)がそのきっかけだそうです。グラウコスとはクレタ島の王ミーノースの子ですが、その墓はどの方向にも100フィートしかありませんでした*1。ミーノースはそれが不満で、「偉大な人物の墓がなんと小さいことか。二倍の大きさにすべきだ」と命じました。

さて、問題は二倍にする方法です。上記のエピソードを伝えたある詩人は、「各辺を二倍にすべきである」と綴りました。エラトステネスはこの言葉を引用し、「彼は間違っている。一辺を二倍しにしたら、体積は八倍になってしまう」と述べています。

そしてここから、エラトステネスは体積を二倍にする方法を説明していきます。

 

エラトステネスは誰に向けて説明したのか

先ほどから、「エラトステネス自身の説明」とか「引用した」とか書いていますが、私は何を見てこんなことを書いているのでしょうか。

エラトステネスは古代ギリシャの当時から、既に優秀な科学者・数学者として、名を馳せていました。当時世界最大の図書館だったアレキサンドリア図書館の館長を務め、国王プトレマイオス1世との交流もありました。

そして、そのプトレマイオス1世に向けた手紙の中で、倍積問題の解法を示しているのです。上記の説明は、その手紙に書かれた内容です。

なぜ国王に向けてそんな手紙を……と疑問に思わないでもないですが、プトレマイオス1世は学術に関心があった王様です。古代ギリシャ中から哲学者を集め、学堂ムセイオンを作った人物でもあります。そもそも、前述のアレキサンドリア図書館を作ったのもプトレマイオス1世です。そのような人物でしたから、この手の話には興味があったのでしょう。

そんなプトレマイオス1世に向けた手紙の中で、エラトステネスは、独自に開発した倍積問題の解法を説明しました。

(訂正)ここの説明ですが、私がプトレマイオス1世~3世の三人を混同していたようで、3人の功績がごちゃ混ぜになっております。エラトステネスがこの手紙を送ったのはプトレマイオス3世で、アレキサンドリア図書館を計画したのはプトレマイオス1世、実際に計画を実行したのはプトレマイオス2世(1世が実行したとの説もある)のようです。

 

エラトスネテスの解法

エラトステネスの解法については私の発表で説明していますが、改めてここでも説明します。もう理解しているという方は、次の章まで飛ばしてください。

エラトステネスは、次のような道具を作ることで2の3乗根を作図できると説明しました。

AB//CDとし、それらを対辺とする長方形ABCDを描きます。また、ABCDに合同な四角形EFGH、IJKLも、ΑBとCDを対辺とするように描きます。そして、それぞれの対角線AC、EG、IKを描きます。

AD間の距離を2とし、KJの中点をMとします。つまり、KM=1とします。そして、直線AMと直線CDの交点をNとします。

これらの四角形を移動させ、部分的に重ねます。そして、辺BCと対角線EGの交点をO、辺FGと対角線IKの交点をPとします。

ここからがポイントです。これらの長方形を少しずつ移動させて、二点O、Pが直線ANにちょうど重なる場所を探しましょう。

重なりました。

このとき、線分PGの長さが2の3乗根になる、というのがエラトステネスの説明です。
(2の3乗根は1.2599...なので、正しそうですね)

証明は三角形の相似を利用します。

三角形ADNと三角形OCNが相似であることから、AD:OC = AN:ONが言えます。

ところで、三つの長方形は全て合同で、しかも同じ平行線の間にありますから、対角線は全て平行です。したがって、三角形ACNと三角形OGNもまた相似になります。

したがって、AN:ON = AC:OG = CN:GN が言えます。

さらに、三角形OCNと三角形PGNも相似なので、CN:GN = OC:PG = ON:PN も言えます。

以下同様に、三角形OGNと三角形PKNが相似であることから、ON:PN = GN:KN であることが言えて……

三角形PGNと三角形MKNが相似であることから、GN:KN = PG:MK が言えます。

以上から、結局、次の連比が得られます。

 AD:OC = AN:ON = CN:GN = OC:PG = ON:PN = GN:KN = PG:MK

ここから不要な箇所を除くと、次の式になります。

 AD:OC = OC:PG = PG:MK

ここで、AD=2, MK=1 でしたから、この式は最終的に、

 2:OC = OC:PG = PG:1

となります。

 

ここで補題が登場します。エラトステネス以前に、キオスのヒポクラテスという人物*2が、次のように述べました。

もし、大きい方が小さい方の二倍の直線があり、それらの比例中項が見出されるならば、立方体は倍にされ得る。

当時はまだ、図形の問題を数式で考えることができなかったため、図形の問題である倍積問題を別の図形の問題に還元することしかできませんでした。そのため、ヒポクラテスは難しい倍積問題を、それよりはまだ簡単な直線の連比の問題に変えたのでした。直線同士の問題であれば作図できそうなので、当時の人たちにとってはこちらの方が簡単に見えたのでしょう。

ヒポクラテスが述べたことは、数式で書けば次の通りです。

2:x = x:y = y:1のとき、yは2の3乗根である。

これが正しいことは、現代の知識で解いてみれば明らかです。

 

さて、エラトステネスは次の関係を導いたのでした。

 2:OC = OC:PG = PG:1

これは、ヒポクラテスの述べた式と全く同じですね?

したがって、PGは2の3乗根だと言えるのです。Q.E.D.

 

エラトステネスのプレゼン

こうしてプトレマイオスに自分の解法を説明したエラトステネスですが、彼はさらに、自身の方法がいかに優れているかをプレゼンします。

倍積問題は当時の多くの数学者たちの興味を惹きつけたらしく、様々な解法が提案されています。

アルキュタスという人物は、円錐や円柱を使った3次元の作図によって求めました。メナイクモスは放物線を使った方法を示しました。高校数学で名前を聞くアポロニウスやヘロンも、倍積問題に解法を示しています。

ところがエラトステネスは、彼らの解法に対し、難解で、しかも実用に不向きであることを指摘しました。アルキュタスやメナイクモスなどの解法には、なんと名指しで批判した上で、プトレマイオスへ「お使いになりませんように」と諫言しています。

当時の人々にとって、倍積問題は実用上の問題でもありました。エラトステネスは、これが解ければ液体を入れる容器の容積を倍にできるし、砲台の威力を引き上げることもできると言うのです(どうやら砲台のあらゆる部品を2倍にできるからだと言いたいようです)。したがって、理論上作図できるだけでなく、実際に簡単に作図できる必要があったのです。

エラトステネスはそのように述べた後、自分の方法であれば、実際に作図することが可能だと述べました。そして事実、上記の作図を達成する道具を作り(真ん中の長方形が固定されていて、左右の長方形がスライドする道具を作ったようです)、それをプトレマイオスに献上しました。

 

さらにエラトステネスは、同じ原理で、2の4乗根も5乗根も作図できると述べています。

実際、長方形を三枚から四枚に増やすことで、4乗根を作図できます。

こんな風に、四枚目の長方形を追加すれば……

このようにして、2の4乗根を作図することができます。証明は全く同様です。

ここからさらに五枚に増やせば5乗根、六枚に増やせば6乗根になります。ついでに言うと、(これはエラトステネスは述べていませんが)長方形の縦の長さを3にすれば3の3乗根、4にすれば4の3乗根を得ることもできます。

全く同じ原理を繰り返し使うことで、いくらでも好きなだけ比例中項を見出せるこの方法は、他の学者たちのいかなる方法よりも優れている、とエラトステネスはプレゼンしたのでした。

 

参考文献

・Leventhal M, 2017, "Eratosthenes' Letter to Ptolemy: The Literary Mechanics of Empire" <https://www.repository.cam.ac.uk/handle/1810/262736>

・Ivor Thomas(Translated), 1939, "Greek Mathematical Works, Volume I: Thales to Euclid", Harvard University Press <https://www.loebclassics.com/view/LCL335/1939/volume.xml> 第IX章

・平田寛 訳、1998、『復刻版 ギリシア数学史』、共立出版 <https://www.kyoritsu-pub.co.jp/book/b10010796.html>

 

謝辞

上記参考文献を見て、「ずいぶんマニアックなものを読んでるんだな」と思われたかもしれませんが、これらの文献は私が自力で見つけたわけでも、自力で読んだわけでもありません。

古代ヨーロッパの文献について研究されている大学院生のA.K.氏とM.Y.氏が、古代ギリシャ数学の文献を読んでいると聞き、その勉強会に参加させてもらって読みました。このような貴重な機会をくださった両氏に感謝いたします。

 

*1:古代ギリシャでフィートという単位が使われていたわけではありませんが、「何歩分の長さ」あるいは「足何個分の長さ」という単位は使われていたようです。エラトステネス自身はこの箇所をἑκατόμπεδος(ヘカトンペドス)と書いており、これは直訳すると「100歩分の長さ」です。人間の足の大きさはどの時代でもだいたい同じでしょうから、おそらくだいたい100フィートくらいだったのでしょう。

*2:ヒポクラテス」で検索すると「ヒポクラテスの誓い」で有名な医師がヒットしますが、それとは別人です。「ヒポクラテスの定理」で有名な方のヒポクラテスです。