色々

色々書きます

書籍『笑わない数学』裏話

この記事は、日曜数学 Advent Calendar 2023 の11日目の記事です。

昨日はapu_yokaiさんの「ドミノで繋がる数学の話」でした。

 

現在NHKで放送中の数学番組「笑わない数学」の書籍が、本日12月11日に発売されます! 

www.kadokawa.co.jp

より正確には、2022年7月〜同9月まで放送していた第1シリーズの書籍化です。第1シリーズで放送された6つの話題「素数」「無限」「四色問題」「フェルマーの最終定理」「確率論」「ガロア理論」を収録しています。

この書籍化に私も協力させていただいたので、宣伝を兼ねて、本書の内容をご紹介したいと思います。

 

なお、私が協力した範囲は、「無限」「確率論」の2テーマの執筆です。他のテーマは、onewanさんと龍孫江さんに執筆を依頼しました。それ以外の部分はKADOKAWAの担当編集様と、NHKの番組スタッフ様の手によるものとなっております。

 

テレビ番組「笑わない数学」とは

パンサー尾形貴弘が難解な数学の世界を大真面目に解説する異色の知的エンターテインメント番組!

NHKの公式HPより)

芸人のパンサー尾形さんを進行役に据え、にもかかわらず笑いを取らずに進んでいく数学番組です。NHK特有の、非常に質の高い映像技術、CG技術により、難解な数学の世界をわかりやすく紹介してくれます。

これまでに扱ったテーマは、「素数」「四色問題」「フェルマーの最終定理」「結び目理論」「コラッツ予想」など多種多様。私自身楽しく視聴しておりましたし、私の周りでも概ね好評でした。

詳しくは番組HPをどうぞ。監修の数学者の方が書いた解説記事や、メイキング映像などもあります。 

www.nhk.jp

 

書籍の構成

本書は、基本的には番組内容を文章化したものになります。一言一句そのまま文字起こししたわけではありませんが、よく探すと、ナレーションと全く同じ文章が書かれていたりします。

したがって、構成なども本文は番組内容と全く同じです。番組で扱った話題がそのまま載っていますので、
「『笑わない数学』で見たあの話、詳しくはどんな内容だったっけ~!?」
と困ったときにご活用ください。

 

ところで。
本書の要素は本文だけではありません。

本文のほかに、各テーマごとに「まえがき(Chapter 0)」と「あとがき(編集後記)」があり、また本文の合間に「サイドノート」と「エディターズノート」が入っています。

そしてこの四つは、かなりの部分を著者の裁量で書かせてもらいました。そのため、著者三名の色が濃く反映されたコラムとなっております。

私が担当したのは「無限」と「確率論」ですが、私が数学史などを好きなため、その方面の話も織り交ぜさせてもらいました。

 

私はすでに書籍全体に目を通していますが、お二人のコラムもかなり面白いです。特に「ガロア理論」(龍孫江さん担当)のChapter0が熱いです。

ガロア理論は、ガロア理論と名付けられています。なぜ「群理論」とかではなく「ガロア理論」と呼ばれるのでしょうか。ガロアが創始したからでしょうか。しかし、パスカルが創始した確率論は、「パスカル論」とは呼びません。いったいなぜ、ガロアだけが特別扱いされているのでしょう?

その理由が、本書第6章に載っております。とても熱い理由です。

 

「無限」裏話

ここからは私が担当したテーマについて、執筆裏話などを紹介します。

一つ目は「無限」。番組では第二回のテーマだったものです。

話の主人公はカントール。番組では、古代から続く「無限」にまつわる論争を紹介し、そこからカントールの活躍の紹介へとスライドしました。

 

番組の構成は大きく四段階に分かれていました。第一段階は、自然数と偶数が同じ個数であるということ。第二段階は、ゼノンのパラドックスなど、歴史上の無限の扱われ方について。そして第三段階でカントールが登場し、自然数有理数無理数、実数などの個数(濃度)を比較。最後の第四段階で、カントールが目指した「連続体仮説」について紹介しました。

当然、書籍の構成もこの通りに編み、「ゼノンが示した無限の奇妙さを、カントールが解決したのです!」という流れにしたのですが……。

実はここで、結構困ったことが発生しました。

監修の小山先生から、「ゼノンが示した奇妙さを、カントールは解決していない」と指摘されてしまったのです!

 

言われてみればその通りでした。ゼノンのパラドックスは「時空間を無限に分割できるか?」という問いが肝になっており、カントールが追究したものとは全く別物です。

とはいえ、番組の構成を大きく崩した内容にするわけにもいきません。なんとかしてゼノンとカントールを両立させる必要があるのです。

ということで、内容を少しだけ変更して、「図形の無限」と「数の無限」を両輪とするストーリーに仕上げました。メインは「数の無限」の方ですが、時々脇道に逸れて「図形の無限」も覗き見る構成としたのです。

このおかげで、アルキメデスとか微分積分とかの話も(名前を出す程度ですが)書くことができて、私としてはむしろ得をしました。

 

この章ではさらに、番組で扱わなかった内容として、他のゼノンのパラドックスの話や「稠密」の定義などにも触れています。また、番組では「実数の無限は自然数の無限よりでっかい!」とだけ紹介していましたが、「どのくらいでっかいのか?」についても書きました。

 

「確率論」裏話

私が書いたもう一つのテーマは「確率論」。番組では後ろから二番目のテーマでした。

こちらの主題はモンティ・ホール問題。その解説を通じて、確率論の歴史や経済との結びつきなどを紹介する回でした。

 

本書を執筆する上で、我々執筆陣は、NHKスタッフの方々の「押さえてほしいポイント集」のようなものを頂きました。可能ならそれに沿ったコラムも書いてほしいというポイントですね。

「確率論」で頂いたポイントは、なんとほぼすべてがモンティ・ホール問題に関するもの! おかげでモンティ・ホール問題周辺のコラムが、やたらと増えることになりました(あまりに多すぎて、KADOKAWAの編集さんに「減らしてくれ」と言われたほどでした)。

 

とはいえ、私自身もモンティ・ホール問題については色々語りたい点も多かったので、都合が良かったです。本書に収録されたモンティ・ホール問題のコラムは、私が最初から書くつもりで書いたものと、スタッフさんに「そこまで書くならこれも書いて」と追加されて書いたもので構成されています。

私がどのくらい語りたかったかというと、過去にモンティ・ホール問題について発表しているくらいには語りたがっています。

この発表は時間制限が5分しかなかったので、言いたいことの半分も言えませんでした。いつか動画なり文章なりの形で言いたいことをまとめたい……と思っていたので、今回の執筆は渡りに船でした。

 

モンティ・ホール問題は図などを使った説明が多く、数式を使った説明がほとんど見当たりません。私はそれが不満で、今回、数式を使ってモンティ・ホール問題を解きました。一般書ではなかなか珍しいのではないでしょうか。

数式で解くと、モンティ・ホール問題に関する色々な誤解も解けます。しばしば「世界中の数学者が間違えた難問」なんて紹介されることもありますが、数式を眺めると、「難しいから間違えたわけではないのでは?」と疑念が浮かびます。そのことについても書きました。

(ただし、ページ構成の都合で一部の数式は図に置き換えることになりました……いつの日か完全版を!)

 

もちろん、モンティ・ホール問題に終始する回ではありません。「確率とは何か」といった話にも触れ、編集後記ではコルモゴロフの公理を紹介。また、そこから余事象の確率を証明します。

 

おわりに

ということで、私が執筆陣の一人となった書籍『笑わない数学』は、2023年12月11日に発売です。

本書で扱うのは、全20回の番組のうち、たった6回分のテーマだけです。つまりまだ14回分も残っています。

おや? ということは第2巻、第3巻も……?

出るかどうかはわかりませんが、もし本書が大ヒットすれば出るかもしれません。興味を持っていただけたなら、ぜひお手に取ってください。

www.kadokawa.co.jp