この記事は、日曜数学 Advent Calendar 2025 の10日目の記事です。
今年読んだ本の中で、数学系の面白い小説があったので紹介したい。
タイトルは『引きこもり姉ちゃんのアルゴリズム推理』。著者は井上真偽だ。

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児童文学として子供向けに書かれているが、内容はちゃんとしたミステリー。それもなんと、数学ミステリーである。
内容は、ずばりタイトルの通りだ。
主人公の小学生マモルには、お姉ちゃんがいる。そのお姉ちゃんは敏腕プログラマーなのだが、対人恐怖症で何年も前から部屋に引きこもっている。
そんなある日、マモルの身の回りで不思議な事件が起こる。マモルが姉ちゃんにそのことを話すと、姉ちゃんはアルゴリズムを使えば謎を解けると宣言する――。
といった内容である。
全3話構成で、第1話は「ストリーム・アルゴリズム」、第2話は「サーチ・アルゴリズム」、第3話は「ダイクストラ・アルゴリズム」がテーマになっている。
第1話では、マモルのクラスメイトの女の子が病気で何日も学校を休んでしまい、それが「誰かの呪い」だという噂が立つ。それを聞いた姉ちゃんが、ストリーム・アルゴリズムを使って、呪いをかけた犯人を見つけ出す(もちろん、「呪い」もトリックである)。
第2話では、街中で次々と民家に描かれる不気味な落書きの犯人をサーチ・アルゴリズムで探しだす。そいつが犯人である証拠をつかむため、マモルと姉ちゃんはある施設に潜入するが、そこで思わぬ事故が発生する。
第3話では、キャンプ場に遊びに来たマモルが、たまたま来ていた小学生たちと仲良くなる(姉ちゃんはテントに引きこもっている)。そこでひとつの事件が起こり、第一発見者の女の子が疑われる。マモルは彼女の無実を証明しようとするが、他の全員にアリバイがあった。マモルに請われた姉ちゃんが、ダイクストラ・アルゴリズムでアリバイ崩しに挑む。
この作品の特徴は、アルゴリズムが比喩的に使われるのではなく、本当に、ちゃんと、現場の状況に合わせて使用されることである。マモルが走り回って集めたデータをもとに、アルゴリズムが犯人を導き出すのだ!
さらに、すべてのアルゴリズムにかなり詳しい解説がつく(毎回数ページに渡って姉ちゃんが解説する)。これを読むだけで、ストリーム・アルゴリズム、サーチ・アルゴリズム(バイナリサーチ)、ダイクストラ・アルゴリズムに詳しくなれるという寸法だ。
と、こう書くと、単に奇をてらっただけの粗末なミステリーに思われてしまうかもしれない。
だが、それは違う。
著者の井上真偽は、すでにこの手の理系ミステリーを何作も執筆している熟練であり、その手腕が本作にも発揮されている(と言いつつ私はこの方の作品をまだ本作しか読んでいないのだが)。
マモルと姉ちゃんは、たしかにアルゴリズムで犯人を突き止める。だが、謎解きはそれでは終わらない。
「その人物が犯人であること」が、いったい何を意味するのか?
そもそもなぜこんな事件が起こったのか?
アルゴリズムが導き出した答えから、さらにもうひとひねり加わって、事件の意外な真相が明るみに出るのである。
子供向けとして読みやすい作風でありながら、しっかりとミステリーとしての肝も押さえている本作。数学ミステリーの入門書として、万人に薦めたい作品である。