色々

色々書きます

ネジの山の形について

この記事は、日曜数学 Advent Calendar 2020 の9日目の記事です。 昨日はヘカテーさんの「世界二難しい論理パズル(?)の類題と、削除符号。」でした。

 

最近、仕事で図面を描くことがある*1。図面といえば図形であり、描くには幾何学の知識が必要になる……かと思ったら案外そうでもないのだが*2、ちょうど図形の問題になりそうな仕事があったので紹介したい。

それは、ネジの設計である。

ネジといっても、ドライバーで締めるような細いものではなく、ペットボトルの口についているような手で締める大きさのものである。通常のネジは規格が統一されているのだが、ボトルの口などは統一規格がないので、いちいち図面を作ってやらねばならない。

 

さて、ネジ山の図面、すなわちネジ山の断面は、どのような形をしているのだろうか?

そしてそれは、どのように指定すれば、一意に定まるだろうか?

 

正解は、以下のような形である。

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Rというのは半径のことである*3。矢印で示した部分は円弧なのだが、その半径がこれこれであることを示している。B'の近くの曲線の半径が示されていないが、これはBの近くの円弧と同じ半径だからである。

私の仕事は、この与えられたネジに対し、これにすっぽりハマるキャップを設計することだ。そのためには、紙で与えられたこのネジの図面を、再び製図ソフト中で描き起こさねばならない*4

 

以下、説明のために、半径0.8の円をA、半径0.4の二円をそれぞれC,C'と呼ぶ。

 

私が初めてこの図面を見たときに謎だったのは、点Bの定義である。謎の位置から線分が引かれ、壁との交点がBとなっている。

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実はこの線分、二つの円弧の共通接線である。これと壁との交点をB,B'とし、その間の距離が与えられているのだ。

 

さらに、私は最初に図面を与えられたとき、円AとCは接しているのかと思っていた。が、よく見ると両者は接していない。わずかに離れているのである。

従ってこの図面、隠れていた円を描くと、次のようになっているのだ。

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二円A,Cの間には、両者の共通接線が引かれている。この延長と二円C,C'の共通接線の交点が点Bである(B'も同様)。そしてBB'の間の距離が与えられている。こんなところの距離が与えられたところで、作図できるのだろうか?

 

私は最初「共通接線なんてどうやって作図するの……?」と頭を抱えたのだが、よく考えると、実は共通接線を作図する必要はない。

 

わかってしまえば簡単な話だ。以下の手順で作図できる。
(なお、2の長さや0.4の長さなどは与えられているものとする。定木とコンパスではなく、製図ソフトを使うからだ)

 

まず適当な直線を引き、そこから長さ2の線分を切り取る(この操作は製図ソフトなら一瞬であり、定木とコンパスでも長さ2の線分が他に与えられていれば可能である)。この線分をBB'とする。そして、線分BB'と平行な直線を、距離1のところに描く(これも同様)。

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次に、線分BB'の垂直二等分線上に、線分BB'から0.2離れた位置にを中心とし、半径0.8の円を描く(これも作図ソフトなら一瞬。定木とコンパスでも、手数は多いが簡単である。図のように、円Aを描く前に、半径0.8の円を平行線と垂直二等分線の交点を中心として描けばよい)。

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そして、点B、点B'をそれぞれ通る円Aの接線を描く。

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次で最後のステップである。二線BM,BTの両方に接する、半径0.4の円Cを描けばよい。

製図ソフトにはそのような円弧を描く機能が備わっている。それを使えば一発である。

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あとは、不要な線を消去すれば、製図完了である。

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製図ソフト、なんて便利なのだろうか。

 

……と、ここで話を終えてもいいのだが、そういうわけにも行くまい。むしろメインはここからである。

定木とコンパスを使って、与えられた二線に接する、与えられた半径の円Cを描きたい。これは、次のようにすればよい。

まず、線分BTの垂線と、線分BMの垂線を、点Bを通るように描く。

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そして点Bを中心、半径を0.4とする円を描き、それぞれの垂線との交点をP,Qとする。

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そしたら、二点P,Qからそれぞれの直線に対する垂線を引き、その交点をCとする。

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最後に、点Cから線分BMに垂線CIを下し、中心C、半径CIの円を描けば題意を満たす。

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おそらく製図ソフトの裏では、このような計算が行われているのだろう。製図ソフト、なんと便利だろうか。

 

 

ところで、私は結局「二円の共通接線」を引かずに製図を終えたわけだが、最後に共通接線の作図方法を考えたい。

共通接線については高校でちょこっと習ったが、計算問題に使うだけで、作図という観点からは見たことがなかった。色々考えた結果、次のようにすれば作図できることがわかった。

 

二円A,Bがあり、それぞれの半径をa,bとする(a+b<AB)。このとき、二円A,Bの共通接線(四本あるが、そのうち線分ABと交わるものの一本)を描きたい。

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↑こんなやつが描きたい

 

恥ずかしながら、私はこれを考え付くのに三日を要した。考え付かなかったら、この記事は製図の話で終えるつもりだった。ギリギリで考え付いてよかった。

以下では、私が考え付いた筋道を辿りながら、作図の方法と証明を行う。

 

円に関する作図であるが、与えられているのは円とその中心だけである。なので、最初に可能なのは、中心を結ぶことだけだ。結ぼう。

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そしてこの手の作図は、作図の完成形をフリーハンドで描き、その様子をじっくり観察することで、手がかりを得られることが多い。なので、接線を描いてみる。

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すると気付くのは、接線の交点が線分AB上にある、ということである。もちろんフリーハンドで描いているので間違っている可能性もあるのだが、図の対称性から、線分AB上にあると言ってよいだろう(あとで証明する)。

接線の交点をGとし、円A上の接点をT、円B上の接点をSとする。円の接線は半径に垂直なので、角ATG=角BSG=直角である。さらに、二角AGT,BGSは対頂角なので等しい。

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よって二角が等しいので、三角形ATGと三角形BSGは相似である。ゆえに、点Gは線分ABをa:bに内分する点である。

 

これで作図の方針は立った。円の中心を結ぶ線分ABを、a:bに内分する点Gを描き、Gから各円に接線を描けばよい。

 

では作図しよう。

まず二点A,Bを結ぶ。円Aの周上に適当な点Cを取り、半径b、中心Cの円を描く。

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半直線ACと円Cの交点をDとし、二点D,Bを結ぶ。そして、線分DBに平行で点Cを通る直線を引こう。これは、線分ABをa:bに内分する作図である。すなわち、点Cを通る直線と線分ABとの交点が、先ほどの点Gである*5

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そしたら、線分GBの中点Hを取り、中心H、半径HBの円を描こう。円Hと円Bの交点をSとすると、線分SGは円Bの接線となる。なぜなら、角BSGは円Hの直径BGに対する円周角なので直角となり、半径BSに直交する線分は接線だからである。

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同様にして、円Aの側にも接線が引ける。

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あとは、二線分TG,SGが一直線をなすことを示せばよい。

二点A,Tと二点B,Sを結ぶと、二つの三角形ATG,BSGができる。作図の方法より、角ATG=角BSG=直角、辺AT:辺BS=辺AG:辺BG=a:bである。

従って、これらは二辺の比が等しい直角三角形であるので、相似である。ゆえに、対応する二角AGTとBGSは等しい。

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よって、対頂角が等しいので、二線分TG,SGは一直線をなす。そして、二線分TG,SGはそれぞれ二円A,Bの接線である。従って、直線STは二円A,Bの共通接線である。これが作図すべきものであった。

 

 

線分ABと交わる共通接線はもう一本あるが、それも同様に作図可能である。このことから、共通接線は点Gで交わる、すなわち交点は線分AB上にあることがわかる。私が最初に描いた図は合っていたわけだ。

ちなみに、私が使っている製図ソフトには、共通接線を描く機能はない。製図には不要なのだろうか? もし必要になったら、今回示した方法で作図するしかなさそうだ。

 

 

明日はtriprod1829さんの「平方剰余の第一補充法則について何か書きます」です。
うって変わって整数論の話のようですね。

*1:図面は「引く」と表現するのが正しいようだが、わかりにくいのでこの記事では「描く」で統一する。

*2:これはひとえに、製図ソフトがとてもよくできているためだ。

*3:図面なので単位はミリメートルである。半径0.4mmの円弧! これを金型に掘り起こせるのだからすごい。

*4:紙ではなく製図の元データをもらえば済む話なのだが、設計屋が作っているのは製品全体の図面なので、不要な部分を消す方がはるかに手間である。

*5:この方法でABを内分できる理由は省略する。三角形の相似を利用すれば簡単に示せる。